海外協力隊への応援歌

青年海外協力隊はじめJICAボランティアを心から応援しています。
2010年1月帰国、イエメン、青少年活動隊員より

某南米の国

2006-08-21 | business
某南米の国からひきあいがきたのでいくつか質問のメールを返した。それに対してわかりやすい英語でひとつひとつきちんと答えがきた。南アフリカのときも驚いたが、南米の、どこにあるかも地図で確かめなくてはならないような国からこのようなスマートな対応がくると世界は進歩しているなと実感する。発展途上国だからといって全員が教育を受けていないわけではないのだ。日本からの製品を輸入しようというくらいだから階層的にも上流階級、高給とり層なのだろう。

相手国での輸入に必要な書類として、日本にあるその国の領事館に行って、うちの会社がきちんと登記された日本の会社である証明書にはんこを押してもらわなくてはならない。その費用が何百ドルときいてその国のGDPを考えたらそれはちょっととりすぎじゃないの、という気もするが、先進国からの一種の援助金と思うことにする。

取引は前金なので代金回収リスクはないが、書類を送ってから相手国内の手続きに最低60日かかるという。注文がこなかったらこの費用は無駄になる。そしてこのような国から本当に注文がくることはあまりない。さらにすでに相手に渡されていた見積もりが安すぎて、初回は注文がきても儲けなし。こうなったら爆発的に売れて発注ロットが上がることを祈るばかりだ。費用の赤はほかの市場でなんとかしなくちゃ。

初めての広報紙

2006-08-18 | Weblog
別の後輩に海外得意先用社外広報紙の仕事を引き継いだ。面倒な仕事で、記事集めに頭を下げたり、あちこちに確認をとったり、何度も読み返して校正したり。が一方、会社の広報についてのバランス感覚を身に着けるにはよいツールだ。会社勤めをしていると得意先や取引先との折衝など至るところで広報的な要素が役立つ。斜に構えた言い方をすれば、それは社外への本音と建前の使い分けであったり、社外に言っていいことと言わないほうがいいことの微妙な線の見分け方だったりする。ただ、うちの会社の場合、どちらかというとこういう使い分けはへたくそだ。実直なほうが社会の信頼を得られるし、裏表ないと自分たちもわかりやすいからちょうどよく、狙ったわけではないところが捨てる神と拾う神。

8月発行を目標と言いつつ、まあ9月になるだろうと思っていたら、8月になんとか発行できるかもしれない様子になってきた。後輩はここへきて毎日何時間かこれにかかりっきりになっているが、1回これをやりきれば、次からはかなり楽になるだろう。一生懸命やっている姿は少し心配ではあるが微笑ましい。

印刷物のこわさは消せないところにある。幸い、私はまだ刷り直しをしたことはないが、寸前だったことはある。刷り直しをした印刷物も数多く見てきた。担当者のショックを考えると他人事ではない。が、まあ、広報部が出した発行済みのものに重大な欠陥が見つかったというのでもなければ、刷り直しぐらいで会社の屋台骨が揺らぐことはない。今その後輩には言わないが刷り直しくらいの覚悟は私も私の上司も初めて広報らしいものを手がける後輩に仕事を移管した時点でできている。すばらしいできばえを期待しているのでもない。納得するまでやってみなさい、これが最初の課題だ。素人の戸惑いが、そのまま読者に通じることもあるので、その感覚を大切にして思うとおりにやってみたらいい。失敗しなければ学べないことを、失敗しながら学んでいってほしいと思う。

異動時(着任先)の心得

2006-08-15 | business
間もなく定期人事異動がある。毎年恒例9月1日。住居の移転を伴う場合内示がある。海外は2週間前、国内は1週間前。着任にあたって、昔、上司に教えてもらったことがある。

着任したら、とにかくまずファイルにすべてさっと目を通す。目を通すだけでよく、内容を覚えたり理解しようとしなくてもよい。その部署がだいたいどんなことをしているか、なんとなくどこに何が入っているかをざっくりと把握する。勤務時間中は引継ぎに専念していて時間がとれないだろうし、最初から残業をしてキャビネットをあけたりするのも目立つので、1ヶ月くらいは休日出勤して口笛でも吹きながら未知との遭遇を楽しむ。内容を理解したり覚えたりできればもちろんそれに越したことはないが、凡人はそこまで目指す必要はない。壊れてしまっては元も子もない。

そのうち業務が始まれば、キャビネットの中もフォルダの情報も、自然とメンバーの責務と結びついてくる。少しずつわかってくる、という過程は凡人にとって極上の楽しみのひとつだ。じっくり味わおう。

異動はいつでもスリリングだが、着任がたいへんなのは間違いないので、それを思うと異動する気力がちょっと萎える。会社にいると、自分の人生が「uncontrolable」なところが面白い、と、先日、タイに出張したとき同期と話したばかりだ。あと2週間、今頃人事部は最終詰めに入っていることだろう。アウトプットが楽しみだ。

コミュニケーション

2006-08-03 | business
後輩2人といっしょに3人のチームで輸出をまわしてきた。今、輸出実務はほとんど私の手をはなれて後輩2人でまわるようになっている。あと、渡しきれていないのは運賃見積や商品開発、見積算出などの交渉ごとやら個別案件で、これは今の2人の実務量からいって渡すのは無理そうだ。ただ、とてもよい勉強になるので、できれば実務者をもう一人増やして、こういう特命案件を振りわけていきたい。理想のシナリオは、私は輸出業務からフェードアウトし、今担当している営業に一時専念する。この市場の基盤をもう少し揺るぎないものにしたらこれを次の担当に渡して新天地へ、そうは問屋が卸さない。?

後輩2人が私のチームにいることをどう思っているかわからない。楽しいか、息苦しいか、やりがいがあるかないか。面倒なことは全部やらされると思っているか私も一応仕事をしていると思っているか。そして、これについて、後輩たちにどうきけばいいのか、きいていいものなのかどうかがわからない。コミュニケーションはうまくいっているときは難しそうでやさしいが、ふだんはたいていやさしそうで難しい。

このチームは実務をまわす人のほうが大切なので、後輩がいやな思いをするくらいなら私がいなくなったほうがいい。だけど、もっとひどい上司がくるくらいなら私で我慢してもらったほうがいいということも考えられる。私の勝手な理想の上司像は、ふだんはあまり存在感がなく空気のようで、でもなぜかその人がいると仕事がしやすいような気がする、もし、上司になることがあったら、そんな上司になれるといいなと思う。

昨年も仕事は楽しかったが、なんだか息が詰まっていた。今年は同じような仕事の内容なのに、思い切り空気を吸って自由にやらせてもらっている解放感がある。明らかに上司の違いなのだが、不思議なのは、どちらの上司も私にはいい上司だと思える人たちなことだ。どこがどう違うのかがさっぱりわからない。自分の、上司に対するスタンスも別にかえているとは思えない。だから、たとえば前の上司がどう対処してくれていたらもっと働きやすかったか、と言われても答えられない。どう対処してほしいとも思わなかったし、働きやすくなかったわけでもない。ただ、息が詰まりそうだっただけ。

私は、ひたすら、とにかく、周りの人たちが楽しくやりがいを持って仕事ができてくれたらいいなと思う。そのためにできることはなにか、ご存知の方がいたらご教授願います。