田代田の酒場日記

月夜に釜をぬくは難解でんな。男漁りという学説もある。犬の棒もここら当たりでは不慮のできごと 関東以北は幸運の棒。 

小スズメほどの蛾が~これコワイよお~

2019年08月17日 | Weblog

8月17日(土)

 

覗き込み思わず見かけた川遊び

 

子どもの頃川遊びをしていて土管で足を切った記憶がある。切った記憶しか残ってないが土管の鮮やかな肌色は覚えている。たぶん小学生の頃だった。夏の思い出。

今はプールの水を切って泳いでいる。

追い払ってもドアにへばりつくデカい蛾をホウキで叩こうにもデカいのでこんなもの潰したらどうなるのかと気持ち悪い。願わくは隣の婆さんのドアにへばりついてよと追い払ったら空に舞い上がっていった。蝉は素手で捕まえられるけれど蛾はなあ。昔は夏になると毒蛾の報道がよくあったことなど思いだしている。

昨日なくて買いそびれたゴーヤを今日ならあるかとヤマトに出向いたらあらま、今日もないのだった。少し離れたクックマートに出向いたらありました。それも品薄。2本買ってレジに並べばあらま、隣に並ぶ奥さんのカゴの中にもゴーヤが。ゴーヤはそれなりに売れていた。薄緑色のゴーヤはいけません。まず何となくふにゃらふにゃらしていて根性が足りない。売る方も分かっているようでいてお値段はお安い。うっかり買ったあと二日くらいそのままにしておくとひどいことになる。

昨日の続き。荻窪のそのアパートにはしばらく住むことになってそのうち女も一緒に暮らすことになって尚更下の階の沖縄人のパワーがうらやましくなったのも思い出す。このころゴーヤがあったらなあ。

昔住んでいた借家の傍は畑だった。温室もあってどうやら花を出火出荷していたようだった。要らぬものを積んでおくのか温室の傍にはそんなものがこんもりと積み上げてあってそこにゴーヤが植えられていた。いつも口を真っ赤に開けて種が丸見えだった。これは苦瓜なのですよと聞かされてはいたもののそのころゴーヤというのはスーパーの商品棚には見かけなかったような気がする。そんな不気味なものが食品になるなど思いもよらなかった。

厨房メモ

香川照之・顔は知っていても名は知らなんだ。コワイ顔をしているし興味もないので。浜木綿子は知っている。これか母子とは知らなんだ。興味もないことだし。それで寝ながらスマホで香川照之をくぐる。知らないアタシがバカなのか知ってて世間の常識か。もともと仕事がら永年テレビなど観る機会がなかった。店を畳んでテレビを観る機会が増えてきて浦島太郎だった。まだあまり観ることはないので浦島太郎は続いている。かといってとりたてて不自由はない。知らないことの方がいいような気がする。とうでもいいことの方が多すぎる。テレビは天気予報とニュースだけでいい。それだけの放送局ってないのか。ないわなスポンサーが付きません。

DVDは常に観るのでテレビはモニター代わり、それでも今朝のスマホでBSプレミアムで 天国と地獄 の放映があると知り夜勤なので録画予約を入れといた。アタシは三船敏郎は大・大根役者だと思っている。久しぶりに大根を観るのだ。タダだもの。

 

 

 

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