駄菓子屋六十五年の薄暗がりは昭和の匂いでできている。店前にはビー玉とベーゴマが並べられ、真ん中に狭い通路。その右側に置かれているのはくじびき景品付き駄菓子などでニッキのジュースが今なお並び、左にはガンダムとゼロ戦のプラモがごちゃごちゃと重ねてあった(大紀元)
第一話
この下町は、昭和という時代が生んだ様々な物性の寄せ集まりらしい。戦前の古風な生活が空襲で瓦礫と化し、その廃墟から復興の上昇気流に乗り、にょきにょきと不揃いのキノコ群が生えたといえば当たらずとも遠くはない。整理整頓より成長を優先して止まなかった結果出来てしまったのが下町で、たぶんこの時代の人の心も同じようなものではないか。
その通りを歩いてくるのは一人の老人だ。名を邦男という。午前中することもなく下町をうろついていたが、息子が五十の時に生まれた初孫、五才になる咲を迎えに、西の外れにある幼稚園を目指していた。
彼は周りから浮き上がっているのだ。春の突風でも吹いたら、飛ばされてしまうほどにだ。地元民は彼と視線を合わさぬようにきまり悪くすれちがうのだが、彼はジャージのポケットに両手を突っ込み、持病の高血圧に怖じることなく、アゴを上げていた胸をはっていた。
色が落ちた長髪を乱しながら眼光鋭く、だが落着きなく、前に重心を軽く傾けながら登り坂によろけそうになると、両太ももを両手でパンパンたたいて自分の足を叱りつけた。関節の柔らかかった部分の軋みがわかるらしいが、自分の肉体の衰えに本気で腹を立てている老人も珍しい。
辺りには機械油の匂いが漂い出し、家内工業を営む工場からネジやらナットやらボルトやらを削る金切り音が煩くなる。
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