ずっと自分を無価値に思ってきた。なぜなら労働がうまくいかないと人生は終わりという考えがあるからだ。
サラリーマンなら企業に勤めるわけだが、企業は人間をそこまで大切にしてくれるのだろうか??
障害者採用枠にて就職活動をしたことがあるが、はっきりいって企業に人間扱いはされなかった。結局は法定雇用率であり、雇いたくなくても雇わないといけない話である。できることなら組織に障害者なんて存在して欲しくないのだ。
つまり雇ってもらえないとなると、人生から労働というものが無くなってしまう。すると人生が終わった気になってしまうことが多いだろう。
ならどうしたら人生に意義を持てるようになるのか?そのひとつは人間関係、つまり人とのつながりかもしれない。
家族と仲がいい、たわいもない会話ができる人がいる、信頼できる医師や医療スタッフがいる、そんな事でいい自分が大切されていると、どこかで感じられるものが必要なのではないか?
俗に精神障害は人間関係を壊してしまう、脳が円滑なコミュニケーションをできないようになってしまうからだ。だから孤立してしまうわけだ。
きっとだんだんと家族などと落ち着いて接することができるようになってきたら、それは病状が安定してきたことなのだろう。それには安定しやすい対人関係を選ぶことも肝心だ。そう、人付き合いは選択できると思うことだ。きっとうまく選択したらよい人付き合いができるようになる。
あと障害者は労働というものを選択しないで生きることが健常者よりできやすいかもしれない。労働で人生の大半が終わったなんて、現代のすべては労働で価値が高められるという価値観からのものだ。
労働だけで人生を決めてしまわないで。
>こんにちは。私も労働できなければ価値がないと思ってしまいます。私の場合は障害者雇... への返信
こんにちは。
障がい者雇用は一般の方と同じように仕事をさせられる事が多いと聞きます。その結果、病状が悪くなってしまったら、困るのは自分と家族ですからね。セーブして時には退職というのも賢明だったりします。
しかし、労働ができないというのはとても辛いものです。
働きたくなくて労働をしないことと、働きたくてもできないは違います。前者はやればできますが、後者はやればできるという論理ではありませんから。
決して怠けや甘えと自分を責めないでください。