![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/46/af/4f5b809563525402cf151ab81ca3bc77.jpg)
テレビ欄を眺めると、いまだに日本を礼賛する番組が後を絶たない。低予算で定評のあるテレ東、テレビがあった頃によく見ていた「Youは何しに日本へ」「世界!ニッポン行きたい人応援団」は今も続いているみたいだし、NHKの「COOL JAPAN」という番組も「日本を礼賛する番組」で検索すると紹介される。
こういう番組が流行り続けるのは、日本人の多くが自国を素晴らしいと思っていないからなのだろう。だから相対的な称賛が必要だということか。それが個にまで普及し、誰かに認めてらいたい、褒めてもらいたいといった病が発生するのか。
日本人はもともと個という概念が希薄らしい。自らをむやみやたらと曝け出すのをよしとしない文化がまさにそれを裏付ける。実際出る杭は暗黙のうちに群衆から打たれ抹殺される。そこに主語のない文化が相まって、自己肯定感が希薄いになっていく。そう考えなければ、他者に認められることから始まるメディアの論調に右往左往されるわけがない。自分では決められないが、評価は欲しい日本人の浅ましさ。それを強く感じるこれらの番組に、嫌味を言ってしまいたくなるほど関心を寄せてしまう私にも大いに反吐が出る。
道から外れたら取り返しがつかないと教えられ、成功にしがみつくしかない生き方に終始した人のなれの果て。とくに苦労して手に入れた成功は、例えうつを患ったとしても、手放すことができないのはよくわかる。過去の栄光にすがり付くがあまり、定年退職しても賞賛してもらいたい病に、自らの過去を喧伝してしまう輩の多いこと多いこと。
そもそも誰かに褒められたい認められたいと思っても叶うはずのない承認欲求が満たされない世界に生きて、例え犯罪者になったとしても認められれば本望だ、といった人間もでてくるこの世の中。生活が充ちたりていればネットに依存することなんて無いと思うが、かくいう私も依存の気は無きにしも非ず。根がどうあがいても日本人なので、人の言葉は大いに気になる。だから自らを守るためにも、ネットを使う時間を制限しているし、即時通知も切っている。まあ歳をとれば右から左に流す術も覚えるというもの。この術の体得、人としてどうかとも思うのだが、生きていく上で仕方なく身につけてしまった事にして、人の意見に耳を傾けているふりをしつつ適当に生きていこう。
【2023年2月のブログより】
日本人は個人という概念がもともと希薄だったらしい。今では個性や自分を大切にしようとしきりに言うが、そもそも日本人は個人よりも人間関係、会話の内容よりも文脈の中にいる自分を大切にしてきた。「相手あっての自分」を殊更に強調して生きてきたのだ。
人の目を気にする人が多い世の中ですので、とっても良いと思います(^。^)
そのマインド、大切ですよね(^^)
すばらしいです!
ありがとうございます