レンキン

外国の写真と
それとは関係ないぼそぼそ

ツボ

2006年03月09日 | ぼそぼそ
 私がまだ高校生だった頃、
母方の父、つまり私の祖父が亡くなった。
その葬式の席での話だ。

母親の実家は青森県の北端だ。
ちょくちょく帰れるような距離でもなく、
幼い頃一度行った事があるきりで
私はじいさんの顔をほとんど覚えていなかった。
頑固で怖いじいさんだったような気がするが
海辺でこんぶを拾ってくれたり
岩場にいる魚をひしゃくで取ってくれた記憶もある。
孫にはそれなりに甘いじいさんだったのだろう。
そのじいさんが亡くなり、何十年ぶりかに
母方の親戚一同が実家に集まったのだ。

母は七人兄弟の真ん中で、
昔から兄弟の中で浮いた存在だったと言っていた。
何だか意味がよく分からなかったのだが
親戚一同ずらっと並んだのを見て
ああなるほどなと思った。
みんな驚くほど似ているのだ。母以外。
どこがそっくり、というのではなく、
持っている雰囲気が大変良く似ている。
男ならじいさんそっくりで気難しそうな顔をしているし
女なら従順で幸薄そうな顔なのだ。
…母以外。
母だけ何だかいつも違う方を向いていて、
口を開けば馬鹿なことを言いそうな顔をしていた。
実際馬鹿なことばかり言って、兄弟姉妹に
さんざん言われていたのだろう。
嫌いな一族郎党に囲まれて、
母は始終浮かない顔をしていた。


海沿いの村の葬式は、精進料理にも
魚が登場する。というか魚ばかりだ。
私は滞在中毎日刺身と煮魚を食べていた記憶がある。
精進料理といえどその土地々々に合わせて
変化するものなのだろう。
毎食親族全員で食卓を囲んだ。
親戚たちは地方から集まっている+
元からの訛りで 何を話しているのかさっぱり聞き取れない。
私に話し掛けてくる親戚もおらず、
母はずっと台所に立って配膳している。
私は親戚の間に座り、なるべく目立たないように
うにばかり狙って食べていた。

それでも切れ切れに聞こえてくる会話は
重苦しくて語調が荒くてちっとも楽しそうではない。
しかしその気難しげな男連中と
幸薄そうだけど口うるさい女連中が
ある出来事に大爆笑した。
それは一匹のハエが飛んで来た時だった。

どこからやってきたのか、大きなハエが
いつの間にか刺身の大皿上空を旋回していた。
皆がめいめい手で追うのだが、
ハエはしつこく刺身を狙い、なかなか追っ払う事が出来ない。
皆がイライラし始めたとき、母の(多分)姉1が
得たり、みたいな顔をして
ひときわ声を張り上げてこう言った。

「まあ、お父ちゃんがハエになって帰って来たんだわ!」

一同そこで大爆笑。そうだわそうだわと
同意しながら涙を流して笑っている。
ああ、葬式だと何でもない事も笑えるんだってなあ
と、私もつられて曖昧に笑った。
次の瞬間だ。

「アーッハッハッハッハッハッハァ~ バシッ」

笑いも収束に向かい、一段落ついた時
お父ちゃんがハエになって云々と言った姉1が
机の隅にとまったハエめがけて
鋭い張り手を食らわしたのだ。
笑いにつられて追う手もなくなり、ハエはすっかり油断して
手などすり合わせていた頃だ。
逃げる間もなく横殴りにはたかれ
すごい勢いで部屋の隅に吹っ飛ぶハエ。
姉1がそれをちり紙でつまむ頃、
皆は事もなかったように食事に戻り、
雑談を始めていた。
私は笑いを堪えるのに必死だった。


家に帰ってからその話を母にした。
母はひとしきり笑ったあと、
「昔からあの人たちと、ツボがずれてるのよね」
と言った。
私はそんな ずれた人から生まれてしまったので
母方の親戚の中で浮いてしまうのだろうか。
私も従兄弟達の中でいつも違う方向を見て
馬鹿な事を言いそうな顔をしているのだろうか。
せめて次に会する時には、
そつなく笑ってみせたいと思いつつ 〆。