Oはボタンをいじる傍ら、何度も頭に手をやり
頭の傷を包帯の上から掻こうとしていた。
お母さんはそれを幾度も制しながら
「掻いたらあかんて言ったやろ」と
Oの手をボタンまで導く。
するとOの興味はボタンに移り、又それをなぞりだすのだ。
「こんなんしてずっと弄ってるんやで、ところで●子さん
これは誰や、これは」
お母さんは自分を指差す。Oはお母さんの顔をチラッと見て
知らん、と言う。
「違うやろ、教えたやろー。お母さんやで、お母様やで」
「おかあさん」
「そうやお母さんや、昨日まで言えたやないの」
私は何を考えられるでもなく、ただニコニコと
その会話を見守っていた。それだけで許容一杯だった。
身内であるご両親の方がどれだけ一杯一杯だった事か、
だけどお母さんはひたすら気丈に振る舞っていて
それがたまらない気持ちになった。
本当は一方的にK君を責めたというOのお母さんを
私は良く思っていなかった。
私は仲の良い二人が大好きで、二人ともが大好きだった。
二人に早く良くなって欲しかった。
K君は大した怪我ではなかったとはいえ、
大した怪我ではなかったからこその傷が残った。
例えOが全快したとしても
これから先ずっと苦しまなくてはならない傷だ。
…今考えると青ざめるけど、当時はそんなK君の事も
少しは分かって欲しいと思っていたのだ。
だけどこの状況で何を分かれと言えるだろう。
「又来てや!」というお母さんの言葉に
私達は頭を下げて病院を出た。
帰りの電車の中ではKちゃんと二人、
「…思ったよりもずっと元気そうだったね」と
話しながら帰った。
二人ともそう思い込みたかったのだ。
こういう言い方が適切かは分からないし、
誤解を招くかもしれないけど
当時の私が理解できる範疇の出来事ではなかったのだ。
『重体』と言えば少しも動けない状態、
意識が回復したと言えばもう大丈夫、
そんな安易なイメージだけで生きてきた私が
初めて捲った暗い夜のカード。
それは私の手に余り、だけど捨てられる物ではなかった。
一人でバスに乗り帰る道すがら
私は目の前に広がる道が
もう以前と同じではない事に気が付いた。
見えていたのに見ないふりをしていた道に
私の足は踏み込んでいた。
その暗い道の先に口をあける
長い長いトンネル。
頭の傷を包帯の上から掻こうとしていた。
お母さんはそれを幾度も制しながら
「掻いたらあかんて言ったやろ」と
Oの手をボタンまで導く。
するとOの興味はボタンに移り、又それをなぞりだすのだ。
「こんなんしてずっと弄ってるんやで、ところで●子さん
これは誰や、これは」
お母さんは自分を指差す。Oはお母さんの顔をチラッと見て
知らん、と言う。
「違うやろ、教えたやろー。お母さんやで、お母様やで」
「おかあさん」
「そうやお母さんや、昨日まで言えたやないの」
私は何を考えられるでもなく、ただニコニコと
その会話を見守っていた。それだけで許容一杯だった。
身内であるご両親の方がどれだけ一杯一杯だった事か、
だけどお母さんはひたすら気丈に振る舞っていて
それがたまらない気持ちになった。
本当は一方的にK君を責めたというOのお母さんを
私は良く思っていなかった。
私は仲の良い二人が大好きで、二人ともが大好きだった。
二人に早く良くなって欲しかった。
K君は大した怪我ではなかったとはいえ、
大した怪我ではなかったからこその傷が残った。
例えOが全快したとしても
これから先ずっと苦しまなくてはならない傷だ。
…今考えると青ざめるけど、当時はそんなK君の事も
少しは分かって欲しいと思っていたのだ。
だけどこの状況で何を分かれと言えるだろう。
「又来てや!」というお母さんの言葉に
私達は頭を下げて病院を出た。
帰りの電車の中ではKちゃんと二人、
「…思ったよりもずっと元気そうだったね」と
話しながら帰った。
二人ともそう思い込みたかったのだ。
こういう言い方が適切かは分からないし、
誤解を招くかもしれないけど
当時の私が理解できる範疇の出来事ではなかったのだ。
『重体』と言えば少しも動けない状態、
意識が回復したと言えばもう大丈夫、
そんな安易なイメージだけで生きてきた私が
初めて捲った暗い夜のカード。
それは私の手に余り、だけど捨てられる物ではなかった。
一人でバスに乗り帰る道すがら
私は目の前に広がる道が
もう以前と同じではない事に気が付いた。
見えていたのに見ないふりをしていた道に
私の足は踏み込んでいた。
その暗い道の先に口をあける
長い長いトンネル。