小学校4年生の秋、とても大きな台風が来て、その晩父は
家に帰ってきませんでした。
私達が心配していると、翌朝早く帰ってきた父は、上大岡と
屏風ヶ浦の間のトンネルの中に京浜急行の電車が避難して
トンネルの中で長い時間を過ごしたといっていたのです。
それからしばらくして、父と一緒に京浜急行の電車で出かけ
たことがありましたが、その時、若い運転手さんが、私達の
乗っていた車輌に乗って来られて、
“先生、この間は大変お世話になりました。とても助かり
ました。“と深々とお辞儀をされたのです。
父はコロンビアレコードに勤めるサラリーマンで先生では
ないのに、何で、父のことを先生と呼んだのかと不信に思い
“なんで、お父さんのことを先生っていわれたのかしら?”
と父に尋ねましたら、父は
“この前台風の時に、トンネルの中に、電車が避難した時
の車掌さんが、トンネルから出て行って線路を調べたりして
大変だったんだ。
それでずぶ濡れになって震えておられたので、私の衣類を
貸してあげたんだけど、その時に、わたしが教育心理学だ
とか子供に聞かせる良い話365話、とか三冊ばかり、
教育に関する本を持っていたので、勝手に小学校の先生だと
決めているようなんだ“と、さもおかしそうな顔で言いました。
何をどのようにお貸ししたのか父は具体的なことは何も言い
ませんでしたが、父は本当に誰にでも優しい人でした。