(古森 義久:産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授)
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ロシア研究者として著名な米カーネギー国際平和財団研究員、タチアナ・スタノバヤ氏。スタノバヤ氏はロシアに生まれて国内で高等教育を受け、フランスや米国でも学術活動を続けてきた政治学者である。
カーネギー国際平和財団のモスクワ支部代表を務めたほか、フランスではロシア政治分析専門の研究機関を創設した。
ロシア人ながらプーチン政権に対して客観的な立場の学者として、米欧でも信頼を得ている。
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ロシアのウクライナ侵略についてプーチン大統領の堅固な支持層までが最近は敗北を認め始めた──。
ロシアの国内事情に精通するロシア人学者がこんな切迫した報告を米国の大手研究機関の論壇に最近発表した。
この結果、プーチン大統領は国内で孤立するか、あるいはウクライナの戦況に絶望する危険極まりない展開も予想されるという。ウクライナ戦争はいよいよ大詰めを迎えたといえそうだ。
〇プーチン大統領側近の認識が変化
ロシア研究者として著名な米カーネギー国際平和財団研究員、タチアナ・スタノバヤ氏はこの10月、同財団の論文サイトに「ロシアのエリート層が敗北の可能性を認め始めた」と題する論文を発表した 。
スタノバヤ氏はロシアに生まれて国内で高等教育を受け、フランスや米国でも学術活動を続けてきた政治学者である。カーネギー国際平和財団のモスクワ支部代表を務めたほか、フランスではロシア政治分析専門の研究機関を創設した。ロシア人ながらプーチン政権に対して客観的な立場の学者として、米欧でも信頼を得ている。
スタノバヤ氏は2022年6月には「西側がなおプーチンについて錯誤していること」と題する論文を米国の大手外交雑誌「フォーリン・ポリシー」に発表した。
同論文はロシアの政治状況を長年ウォッチし、ウクライナ戦争が始まってからもロシア国内の動向を追ってきたという立場から、西側陣営で囁かれていた「プーチン大統領がロシア国内の反戦の動きを恐れている」という政権不安定説は間違いだと指摘していた。
しかし、それから4カ月が経ち、プーチン大統領を支えてきたロシアのエリート層の間でも「ウクライナでロシアが敗北を喫している」という認識が広まってきたという。
この4カ月という期間中のプーチン大統領側近の認識の変化は重大である。
同大統領がそれだけ追い詰められた苦境にあることを示すともいえよう。
〇ロシア軍の苦戦を見て「勝利」に疑問
今回のスタノバヤ論文の骨子は以下の通りである。
・ロシア国内でプーチン大統領を堅固に支えてきたエリート層は、同大統領のウクライナ攻撃に対して、当初は懸念や不安を抱きながらもその行動自体への支持は揺るがなかった。
その根底には、その種のエリート層が、米国や西欧諸国がロシアを敵視して弱体化を工作しているという確信を抱き、プーチン氏の政策を支持し、大統領への忠誠を強く保ってきたという構図があった。
・プーチン大統領の戦術核兵器使用の示唆に対しても、エリート層の間では疑問が生まれ始めた。
当初はウクライナでの勝利のためには戦術核兵器の使用もやむなしというのがエリート層の大多数の意見だった。
しかし、その後の米欧の激しい反発やウクライナでのロシア軍の苦戦をみて、核兵器使用はロシアに破滅的な負担をもたらすかもしれないという懸念が生まれてきた。
・ウクライナでの戦いの最終目的についても、プーチン大統領とその側近のエリート層の間で微妙だが重要な相違が表面化するようになった。
プーチン大統領は、ウクライナの軍事制圧が現在のロシアにとって国家存続にも関わる必須の目的だと唱えるが、その基本理念へのエリート層の同調が揺らいできた。
エリート層の間には、ウクライナを全面屈服させるためにロシアが払う犠牲はあまりに大きく、部分的な制圧だけを最終目標とすべきだという意見が広がってきた。
・今後ロシアでは、全面的軍事総動員に伴う国民への締めつけや社会不安、諸外国の制裁強化によるロシア経済のさらなる悪化、国民生活の困窮などが予測される。
その中で、どこまで、何を我慢すれば「トンネルの先の灯り」が見えてくるのかについての説明をプーチン大統領に期待する一般国民の心情が、エリート層にまで波及してきた。
その結果、最悪の場合、プーチン大統領の孤立、あるいは戦局に絶望して核兵器を使用するというシナリオも、可能性は少ないとはいえ排除できない。
スタノバヤ氏は論文で以上のように述べていた。
ロシア国内、とくにプーチン大統領周辺の状況は、同氏が直接ロシア国内から得た情報に基づいているともいう。
スタノバヤ氏は、プーチン大統領を堅固に支えてきたエリート層がプーチン支持を止めたわけではないという点を強調しながらも、その支持層の内部の最新の微妙な揺れを伝えていた。
この報告は、ロシアのウクライナ戦争への取り組みの転換点の予兆といえるのかもしれない。