2019.09.04Edward Wong、Christoph Koettl)©2019 The New York Times
金正恩が行くところ、どこにでも装甲の黒いリムジンが現れる。北朝鮮の若き独裁者のために用意された光沢ある西洋のチャリオット(訳注=戦闘車両)だ。
北朝鮮の首都、平壌から貨物機で運ばれた乗用車はシンガポールの街を走り抜けた。ベトナムのハノイやロシアのウラジオストクでもそうだった。米大統領ドナルド・トランプとの首脳会談、
ロシア大統領ウラジーミル・プーチンとの首脳会談が行われた時のことだ。ボディーガードの一団が車を守る陣形で伴走することもある。
その車は世界のリーダーに人気があるメルセデスベンツの最高級車マイバッハS62やマイバッハS600プルマンガードで、それぞれ50万ドルから160万ドルする。そして金正恩は、北朝鮮への贅沢(ぜいたく)品の禁輸を意図した国連制裁に対する公然たる抗議として、そうした車を使っているのだ。
密輸ネットワークを調べているワシントンの非営利団体「高度防衛研究センター(CADS)」の調査とニューヨーク・タイムズの取材によれば、西洋の高級品は港湾で貨物を移し替える複雑なシステムや秘密の海上輸送、不明瞭なダミー会社を通じて北朝鮮のエリートのもとへと運ばれる。
ヨーロッパから東アジアへの、メルセデス・マイバッハS600の装甲車両2台の移動は、贅沢品の輸送ネットワークの一つがどのように運営されているのかを示している。CADSとニューヨーク・タイムズは出荷記録や衛星画像などオープンソース(自由にアクセスできる)の資料を使って五つの国を通過する経路を調べた。
当局者や企業幹部へのインタビューで、ネットワークの詳細の一部が確認された。韓国の当局者は2月、車両を運んだロシア所有の船舶を差し押さえた。
地球規模の航海は(オランダの)ロッテルダムの港から始まった。貨物の追跡記録によると、2018年6月、それぞれ50万ドルのメルセデスが入った二つの密閉コンテナがトラックで出荷ターミナルに運ばれた。それらは「中国遠洋海運集団有限公司(COSCOCS)」の監視下にあった。その車の最初の購入者が誰かは不明だ。メルセデスの親会社ダイムラーが言うには、メルセデスは制裁違反者に車を販売しないよう、購入の可能性がある人物の身元確認をしている。
車は船で41日間かけて中国東北部の大連に運搬された。コンテナは7月31日の到着後、船から降ろされ、8月26日まで港に留め置かれていた。コンテナは大阪行きの船に積まれ、大阪から別の船で韓国の釜山に向かった。3日間の航海で、到着したのは9月30日だった。
その後の経路が最大のナゾである。コンテナは到着後1日以内に、西アフリカのトーゴ船籍の「DN5505」という貨物船に積み替えられた。ロシア極東地方のナホトカの港に向かう船だ。この時点で、車はDN5505の所有者としてマーシャル諸島共和国に船籍登録されている会社「Do Young Shipping」と、もう一隻の「Katrin」というパナマ船籍のオイルタンカーに託された。
Do Youngの所有者が誰なのか、登録証からははっきりしないが、書類やインタビューが示すところでは、ロシア人ビジネスマンのダニル・カザチュクと関係があるらしかった。DN5505とKatrinの2隻を扱った韓国の海運会社「Han Trade」と「AIP Korea」の幹部の話だと、カザチュクがその2隻の船の所有者だという。CADSが入手した書類によると、カザチュクは2018年に約1カ月間、Katrinの所有者として登録されていた。
車を積んでいた貨物船DN5505はもともとの船名がシアン・チンだったが、DN5505と改名され、所有者は香港に登録されている会社からDo Youngに移った。それは7月27日で、2台の車が大連に到着する4日前のことだった。
車を積んだ船は10月1日に釜山を出港した後、信号が消えた。自動識別装置(注1)が信号の送信を停止したのだ。これは、制裁逃れを企てる船舶の間では一般的なやり方である。
(注1)□300トン以上の船舶に搭載が義務付けられているAIS(自動船舶識別装置/Automatic Identification System)を活用し、船名や位置、針路などの情報をGoogleマップ上に表示するものです。
AIS ライブ船舶マップ (自動更新 600秒)
https://www.bouken-asobi.com/map_ais.html
AIS ライブ船舶マップ (自動更新 600秒)
https://www.bouken-asobi.com/map_ais.html
信号は18日間、消えたままだった。再び信号がもどった時は、船は韓国の海域に入っていた。それは釜山への帰路で、2588トンの石炭を積んでおり、後に韓国の浦項という別の港で降ろされた。CADSの報告書によると、韓国の税関記録は、その船がナホトカで石炭を積み込んだことになっている。
ナホトカは、カザチュクが拠点を置くウラジオストクの隣に位置する。船舶の航行データや海運会社幹部の話では、車を積んで釜山を出港した船の目的地はナホトカだった。
CADSの報告書は、車がそこでどうなったかについては確定していない。だが、研究者たちは、車はロシアから北朝鮮に空輸された可能性があるとみている。オンラインの動画や飛行追跡データ(注2)によると、10月7日に北朝鮮の国営航空「高麗航空」の貨物機3機がウラジオストクに着いた(金正恩がポンペオに会うため、平壌でロールスロイスに乗っていたのと、奇しくも同じ日だ)。
北朝鮮の貨物機がウラジオストクに飛ぶのは珍しい。機体記号によると、そのジェット機は金正恩の車両を北朝鮮国外に輸送するのに使われているのとまったくの同一機だ。
(注2)□Flightradar24 is a global flight tracking service that provides you with real-time information about thousands of aircraft around the world. Flightradar24は、世界中の何千もの航空機に関するリアルタイムの情報を提供するグローバルなフライト追跡サービスです。
https://www.flightradar24.com/airport/hnd
https://www.flightradar24.com/airport/hnd
「飛行機の重量物運搬能力や金正恩の装甲リムジンを輸送するという役割を考えると、その貨物機はメルセデスを積んでいた可能性がある」とCADSの報告書。
それから4カ月後の2019年1月31日、北朝鮮情報サイト「NK Pro」によるビデオ映像分析によると、同じ車種のメルセデスが朝鮮労働党中央委員会の本部に向けて平壌の通りを走っていた。その車は同日、芸術代表団と写真撮影をする金正恩のそばにあった。
カザチュクは電話インタビューに答え、貨物船DN5505が彼の管理下にあることを認めたが、車の輸送の詳細や、車を北朝鮮に運んだかどうかについては口をつぐんだ。
カザチュクと北朝鮮への軍事技術や物品の移動を結びつける証拠はない。しかし、国際的な制裁の専門家たちによると、ロシアの極東地方は北朝鮮への、そして北朝鮮からの、物品密輸の共通の通過地になっている。
韓国当局は今年2月、別々の制裁破りの疑いでDN5505とKatrinを押収。DN5505は3200トン以上の石炭を積んでナホトカから航行後、浦項に入港した。当局の担当者は、その船を扱う韓国の海運会社の従業員に対し、同船が北朝鮮の石炭を輸送しているため捜査していると告げた。一方のKatrinは石油製品を北朝鮮に運んだとする責任が問われた。
カザチュクは、船主である自分には船荷が何かについての責任はないと語った。彼はまた、韓国当局は「国家的な闇商売」に関わっており、船に何らかの証拠を埋め込んだ可能性があるとも言っている。(抄訳)
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます