民平的幸せ体感記3【40代編】

かつて世界一周一人旅をした「みんぺ~」のユルくてどうでもいいブログ。ちょっとハッピーな気持ちになれるとかなれないとか。

親父とボクの30分間

2018年09月21日 | 日記
昏睡状態からは少し回復し、全くの無意識ではない親父と会ってきた。

会話にはならなかったけど、しっかり命に向き合い、手のひらで親父の温もりを感じてきた。

母は奇跡だと喜んでくれた。

良かった。

「生きている」というより「生かされている」

沢山の管が繋がり苦しそうな親父を見て、命について考えさせられた。

もはや親父には選択するコトも決定するコトも出来ない。

それでもやっぱり親父は生きている。

脈を打ち、必死に呼吸していた。

母は、もう少し元気な頃から親父をずっと介護してきた。

キレイごとでは済ませられない現実がそこにあった。

だからボクは長男として、母のどんな決断にも同意しようと決めている。

きっと親父も分かってくれるはず。

ふと弱い姿を見せてくれる母のそばにいて支えてあげられないコト。

辛いけれど、これも自分で選んだ現実だ。

長男として、何が出来るんだろう、すべきなんだろうって自問自答してきた。

生きるって難しい。

そんなボクは、中学生の頃から「お父さん」と呼べなくなった。

津軽弁の事情だったり、反抗期だったり、まぁ色々で。

30年近く「オヤジ」と呼んできたので、別に直すつもりはないし、今更「お父さん」とは呼べない。

それがボクと親父の関係なのである。

でも、沢山遊んでもらってた少年時代のボクは、たぶん何のためらいもなく「お父さん」と呼んでいたんだろう。

躊躇なく「お父さん」と言う弟を見て、ボクも30年ぶりくらいに「お父さん」って呼んでみた。

お父さん、ありがとう。

また会いにくるから。

4時半に家を出て、バス、電車、新幹線、飛行機に、一日中乗ったり降りたり、走ったり。

帰宅はギリギリ日付が変わる頃になる見通し。

親父と一緒にいられたのは、たったの30分くらい。

我ながらとんでもないトンボ返りを実行したもんだ。

でも、ボクの人生において、すごく意味のある、意義深い30分間だったと思う。
会いに行って良かった。

また会いにくるから。

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