日本陸軍の研究(中) 「優秀だが独断」辻参謀、ノモンハンの経験が招いた対米開戦論
9/11(火) 12:35配信 日経BizGate
日本陸軍の研究(中) 「優秀だが独断」辻参謀、ノモンハンの経験が招いた対米開戦論
陸軍はリーダーシップを欠いたまま策動し、責任を取らないパターンが常態化していたという
日本陸軍を暴走させたのが組織トップの将軍クラスではなく、陸軍省や参謀本部の中堅エリート幕僚らだったことはよく知られている。帝京大学の戸部良一教授は「陸軍はトップのリーダーシップを欠いたまま策動し、自らは責任を取らないパターンが常態化した」と指摘する。そのエリート幕僚らの行動原理に「独断専行」がある。代表的な軍人が辻政信参謀だ(終戦時は大佐)。重要な戦場で独断専行し、いったんは左遷されるものの結局は陸軍中枢に迎えられた。戦後は衆院・参院議員に当選した。辻参謀の研究はビジネス社会の人事政策へもヒントを与えてくれそうだ。
(※連載の続きは、画面下の【関連情報】からご覧ください)
首席卒業、「作戦の神様」と呼ばれた優秀さ
「独断専行」とは、急変する戦場で命令を待っていては対応が遅れてしまう場合、現地で自主的に判断、行動することを本来指す。第1次世界大戦後の陸軍で奨励されたが、やがて上官の命令を無視したり全く逆の行動を取ったりすることを意味するようになった。辻はノモンハン事件(1939年)、フィリピン攻略(41年)、ガダルカナル島防衛(42年)などで独断専行を繰り返したとされる。
一方で辻は「作戦の神様」と異名を取った優秀な幕僚でもあった。陸軍地方幼年学校、同中央幼年学校、同士官学校を全て首席で卒業し、難関の陸軍大学でも一発合格を果たした。卒業時は3番という大秀才だった。辻がその才能をフルに発揮したのが開戦直後の「マレー攻略戦」だ。「銀輪部隊」など現地の特徴に合わせた臨機応変の機動力で、日本軍はマレー半島上陸後に約70日で1000キロ以上を南下し、シンガポールを陥落させた。その多くが危険を省みずに最前線で情報収集・分析した辻の計画に負っていたという。
戸部教授は「旺盛な攻撃精神と積極果敢さを重視する日本軍の伝統的・正統的な戦法を、戦場の特徴に合わせて柔軟に応用した」と評価する。参謀には本来、部隊を指揮したり命令を下したりする権限はない。しかし現地でタイムリーに打ち出す独断専行はうまく機能することも多く、辻は英雄視された。翌年には参謀本部の作戦班長という花形ポストが用意された。
ノモンハン事件で左遷、しかし返り咲く
ただ当然ながら、独断専行は「一歩間違えば組織を混乱と無秩序に陥れかねなかった」(戸部教授)。その失敗例がノモンハン事件だ。ソ連との国境紛争がエスカレートしていき事実上の戦争に突入した。当時「関東軍」作戦参謀だった辻は終始積極論へ全体をリードし、出撃計画を立案、実行に移した。参謀本部の自重を促す指示は無視した。結局は機械化が進んだソ連軍に敗れ、本人も中国内陸部に左遷されたが、1年後には参謀本部の戦力班長へ栄転した。
辻の著書「ノモンハン秘史」は、戦場の生々しい状況が詳しく描かれており独特の迫力がある。こうした著作にありがちな自己弁明じみた記述がない代わりに、「戦争は最後に敗けたと感じた者が敗けたのである」と締めくくるあたり、独断専行への反省も感じさせない。甚大な損害を出した作戦を、最も強力に推進した「主犯」なのに、なぜ中枢に返り咲けたのか。
組織の論理超えた普遍的価値観を示す
戸部教授は「辻の『現場主義』という行動力を誰も否定できなかったからだ」とみる。ノモンハン事件では何度も前線を視察し、爆撃作戦には自ら参加した。マレー攻略戦など、ほかの戦場でも常に前線に出たため、たびたび負傷したという。現地の実情を肌で知っているということが辻の何よりの強みだった。
「現場主義」だけではない。陸軍が理想とした「質実剛健」「積極果敢」「率先垂範」といった理念を、辻は日ごろからまじめに追求していた。人間的には清廉で部下の面倒を親身になってみる一方、料亭や宴会に通う同僚を嫌った。このため士官学校の生徒や一般の将兵からは人気があったという。終戦直後にタイ・中国へ逃亡した経緯を綴(つづ)った「潜行三千里」はベストセラーになった。その後立候補した国政選挙を手伝ったのは、辻参謀を慕う元部下たちだったそうだ。
「積極果敢」も「率先垂範」も本来は「軍事組織の機能を最大化するために陸軍が掲げたもの」(戸部教授)だ。ただそうした組織の規範に忠実な人間を叱責するのは難しい。辻の行き過ぎに眉をひそめる上官もいたが、強くとがめられることはなかった。成功すれば臨機応変の処置と見なされた。
こうしたタイプの部下をどう制御するか。戸部教授は「辻は異能の軍人だが決して異質な分子ではなかった」として、組織の論理を超えた普遍的な価値で抑えることを提示する。「普遍的な価値に基づいた上で、組織の理念をどこまで追求すべきかの限度を明示するのがリーダーの役割だ」(戸部教授)。目の前の状況に惑わされず、常識を持ち合わせていつでも冷静な判断を下せるリーダーを育てておくのが人事政策の重要なポイントとしている。
ノモンハンの経験が対米開戦論に
一方、辻がノモンハン事件から何も学ばなかったわけではない。ソ連軍の真の実力を知ったため、41年の独ソ開戦時にはドイツに呼応して対ソ攻撃に踏み切るべきだとの国内の「北進」論を抑える側に回った。独ソ戦はドイツが楽観するように簡単には片付かないとの見通しだった。
その代わりに、米英との衝突を覚悟しても石油資源を獲得すべきとの「南進」論に組みするようになった。ノモンハンの経験が対米英開戦の主張に結びついたわけだ。現代経営学は成功の記憶よりも失敗体験の方から学ぶことが多いと教えている。しかし「失敗の経験から正しく学ぶべきことがいかに難しいかを辻のケースは示している」(戸部教授)という。
良質の戦史研究、ビジネスにも応用を
戸部教授に今後の研究課題などについて聞いた。
ーー日本の敗戦の原因は陸軍が政治介入し暴走したからという議論をよく聞きます。
「昭和戦前期の日本の軌道を狂わせた責任の全てが陸軍にあったわけではないですが、国家の変調に最も大きな影響を与えたのが陸軍であったことも間違いありません。前近代的だったから暴走したのでなく、近代的な専門教育を受けたプロ軍人が組織を劣化させたことが大きな特徴です」
「陸軍大臣や参謀総長は官僚組織としての主張を政府に押しつける役割で、リーダーシップを発揮したわけではなかったのです。優れた戦略は洞察力と大局観を持った指導者に負っていることが多く、リーダーシップの欠如は戦略性の欠如につながりました」
ーー東条英機元首相には戦略ビジョンに欠けていたことが指摘されています。
「勝つためのビジョンが描けませんでした。米英はまず『ドイツに勝つ』という戦略ビジョンが確立していました。日本は、米国に継戦意志を放棄させるには中国を降伏させるか、ドイツ軍と連携し英国を屈服させるということを考えただけで、勝つためのビジョンではなかったのです」
「『アジア解放』の理念も中途半端でした。しかしこの考えが実際の作戦計画に悪影響を及ぼしたことはなく、むしろ徹底して追求した方が良かったかもしれません」
ーー辻政信参謀のようなタイプはビジネス社会でも「理想の部下・上司」という見方もできます。
「多くのエリート軍人は有能で合理的でさえあったといえるでしょう。しかし軍事問題に限った場合です。組織に必要なのは特定の分野を超えて大局観や政治的英知を持ったリーダーです。組織はそうしたリーダーを意識的に育てていく必要があります」
ーー今後の戦史研究はどう展開していくでしょうか。
「最近は(1)インテリジェンス(2)プロパガンダの2つの面で昭和戦前期の歴史研究が進んでいます。(1)は情報がどう活用されたか、あるいは使われなかったかの検証だ。宮杉浩康(明大)、関誠(帝塚山大)、小谷賢(日大)の3氏の研究に注目しています。(2)については「思想戦」という視点から海外にも優れた研究者が出てきています。日中戦争については、中国や台湾の研究者との共同研究も始まりました。これまで利用できなかった中国側の資料を使った新しい研究が出てくることを期待します」
「日本では、欧米に比べて戦史研究が先細りになっています。若い研究者が積極的にこの分野に取り組んでほしいと思いますね。良質の戦史研究は国家経営やビジネス面に応用できる可能性を持っているのではないでしょうか」
(松本治人)
ter***** | 6時間前
辻はパフォーマンスがうまかった、ノモンハンでも飛行機に乗って敵情視察に言っているがその時の報告は「ソ連軍は撤退している、今こそ追撃すべき」だったが真実は逆でソ連軍は大兵力を送り込んで前進していたのである。彼の特徴は兵力を送りこんでおいてそのあと食料弾薬を一切補給しない、という信じられない作戦であった。そのため全弾撃ち尽くした部隊にその場所を死守せよ、という無茶な命令を出した。部隊長は全滅を避けるため引き上げると、命令違反ということで部隊長には拳銃を渡して自決をさせ口封じをしたのです。同じようなことをガダルカナルでもやっています。彼は戦後参議院議員に当選したが単独でラオスにわたり行方不明になっています。これは敗戦前に現地で供出させた金銀宝石類を取りに行って殺されたのだと思います。
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mat***** | 6時間前
ノモンハンはソ連の物量に押されてきびしい戦いを強いられたけど、ソ連崩壊後のロシア側資料によれば、損害はソ連のほうが上回っている。特に航空部隊の練度の差は明白で、日本側は短期間の戦闘にもかかわらず数十機撃墜のエースを多数輩出した。
辻はソ連の物量に懲りて南進を支持したというが、米英のほうが更に巨大な生産量を誇るのに何故?と今さらながら思う。
大戦略としてはソ連を東西から挟み撃ちにしたほうがまだ勝機はあったと思う。やはり木を見て森を見ない人だったのだなと思わざるを得ない。
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cyb***** | 8時間前
組織のトップに近い人たち、つまり「意見上申され、承認すべき人」の態度があいまい。
さらに責任を取らない。
こういう「独断専行型」の人物の振る舞いが容認された背景には、独断専行に対する抑止力が働かない、組織の在り方にも問題がある。
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Y | 8時間前
まず日本人は戦略を描ける民族じゃない。
少子高齢化、東京一極集中、桁外れの財政赤字。日本国の信用力が底割れしてハイパーインフレになるしか解決策はないわな、一般市民に犠牲を強いる形で。
意思決定も慣例重視でリーダーが責任ある決定ができない社会。
そういう社会でも非常事態では素晴らしい学歴で小市民的な道徳意識の高い人間は際立つ。
しかも本人は無責任でなおかつ社会・組織も責任を問わない。かといって組織が当人に特別な裁量を明示して与えるわけでもない。
どっかの國のスポーツ界みたいに学歴も道徳心も低い人間が馬力で牛耳るよりはましだが。
学歴と戦果という因果関係に疑いを入れられない合理性に乏しい社会。図上演習などで収まるところでは優秀な参謀だったんだろうが、柳条溝やノモンハンは大東亜戦争の最大の敗因の1つでしょ。特に後者で哭いて馬謖を切らなかった代償はいまだに日本国が払うことになってると思うけど。
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rhg***** | 4時間前
辻の異常性は、参謀(スタッフ)なのに、現場の指揮官たち(ライン)に平然と命令を下している。
時には、「大本営の命令」と、嘘までついている。
それを大本営参謀本部は追認までしている。
服部卓四郎を筆頭とする、辻を高く評価している上司たちがいたというが。。。
一方で、山下奉文のように、「この男、やはり こすい男。。。」というように、辻を低く評価している将軍もいます。
なぜ、このような少壮幕僚が高く評価されていたのか、今後も勉強していきたいです。
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dgn***** | 6時間前
>日本では欧米に比べて戦史研究が先細りになっています。
日本の平和教育が悪い。「戦争は恐ろしい」と簡単に話しておしまい。歴史教科書を見ても、臭いものに蓋、とばかり戦争にはほとんど触れない。米露の教科書に比べると極端に少ない。
これは間違っていると思う。
癌になりたくないなら癌の研究。
戦争を避けたければ戦争の研究。
もう少し歴史教科書に大東亜戦争の起承転結を書いても良い。
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har***** | 8時間前
戸部先生は、辻参謀のような人物がいい上司・部下といっていますが私は違うと思います。辻参謀のような独断型の社員は、危ない奴とみなされ、仕事からはずされます。会社にとっては、意見するもの、提案をするものは反抗的とされます。だからみな社畜になるのです。
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tal***** | 1時間前
優秀だが独断?
一兵卒として前線に行かないから勇ましい事が言えただけ。
立場を利用して頑張っているアピール。
現代でも、声のデカい人の意見には従う。
上司は責任を取りたくないから、日和み主義。
そんなに組織は負けて当然。
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hek***** | 7時間前
偵察・通信が未整備な当時、後方からの判断よりも前線での独断専行は定石で日本陸軍に限ったことではない。状況不鮮明な局面で、後方からの指示待ちでは責任は問われないかもしれないが、戦さには勝てない。これは現代のビジネスにも通ずる。当然、成功も失敗も発生する。結果責任は問われても仕方ない。
但し、参謀は責任を問われないのが常識で、決断は指揮官の専管事項だから、辻の場合、彼の強烈な個性に押し切られた指揮官の能力の問題ではないか。
漠然と日本陸軍は単細胞の無能・無責任集団との刷り込みがあるが、与条件の中での行動としては合理的であると感じることが多い。
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sad***** | 7時間前
服部卓四郎に触れない辻政信論など、気の抜けたビールみたいなもの。
そしてさらに上司にあたる田中新一にも触れないのはどうしたわけか。
彼らは嘘の報告をして日本陸軍の方針を誤らせた点でよく似ている。
こういう、うすっぺらい話で分かったような気持ちにさせられる読者が気の毒。
明日はどっち | 5時間前
相手の国力も知らないなんて、バカとしか言いようがない。それを鵜呑みにする上層部は無能の一語。
今になっても日本人は同じだね、成長も反省もない。東芝、パナ、シャープ、富士通、枚挙にいとまがない。
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mag***** | 38分前
兵隊には命令ひとつで、死んでお国に為に働いてこいと云ったヤツが、戦後のうのうと生き延びて議員にまでなりやがった。こんな人間を容認したのはどんな奴らだ。
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kur***** | 6時間前
国民が優秀だとこう言う偏差値馬鹿的な奴がすぐのさばる、日本国民もアメリカ人(アメリカ国民には大変失礼だが)と同じように個人主義でもっと馬鹿になろう。
km7***** | 3時間前
辻より石原莞爾の作戦計画を読んで米軍は驚愕した。広げ過ぎた戦域縮小とか満州以上に中国に深入りせずに意見したが馬鹿な部下が自分だけ有名になったと嫉妬して勝手に云う事を聞かなかった
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sug***** | 6時間前
戦前の日本ではなぜ、合理的判断のできる優秀な人の意見が組織内で通らないのか。後から見たら、愚かな決定がなされるのか。
司馬遼太郎氏や山本七平氏などが指摘しているように、日本人は「空気」という、わけのわからない妖怪に、少なからず縛られる。
一旦「空気」に支配されると、根拠が乏しくとも非合理的判断であっても、それが大きな力を持って従わざる得なくなることがよくある。
山本七平著「空気の研究」に代表例として書かれている、戦艦大和の無謀な、無意味な沖縄出撃のようなことはたくさんあったのだろう。
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kar***** | 6時間前
日本軍がシンガポールを占領した際に、無差別に華僑を虐殺しまくったシンガポール華僑粛清事件では、辻参謀は現場で「シンガポールの人口を半分にするつもりでやれ」と指示しています。
自分の部下には思いやり、中国人には血塗れの大虐殺という、人格が同居していたのです。
これは、良識のある善良な一般市民も、きっかけさえ与えれば、ヒトラーの様になれる証拠ですね。
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hpk***** | 7時間前
どうも現在も8割オフ顔にも情報伝わってるみたいだな、ごみ溜め、クドシマ、ハロワ他同様、だから普通にクソ犯罪でカス不法違法不正妨害侵害払え
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ero***** | 4時間前
このおっさんがフィリピンでバターン死の行進に紛れて虐殺とかシンガポール虐殺指示して、しかも終戦時トンヅラこいたから、ほんとは知米派の人道主義者の本間雅晴が死刑になった。山下奉文もシンガポールでは虐殺の責任を負わされ、フィリピンでは富永恭次にトンヅラこかれて死刑に。とんだ罰ゲーム。イエスかノーか?でマレーの虎と猛将で知られるが、本当は通訳が下手くそだからまずは降伏の意思があるのかないのか教えてと平和的に聞いただけらしいぞ。
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ffx***** | 2時間前
第二次世界大戦と同じ、学校で成績がどうこうより。この人種はやる事が出鱈目。指揮系統・戦略・戦術全て稚拙。かてて、責任取る気もない。そんな奴が生き残って、戦後のうのうと政権についている国だから笑っちゃう。
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isi***** | 8時間前
辻参謀はダメ日本の典型的なインチキ・エリート官僚。陸軍士官学校や陸大をトップで卒業したから優秀な人間と勘違いされて要職につけられて、戦争中は失態と失敗の連続。しかも戦後は戦犯指名を恐れて身分を隠してコソコソ逃げ隠れした卑怯者でもある。
日本社会は現在でも東大卒だからと「辻的な似非エリート官僚」を要職につけては失敗を繰り返している。例えば最近では前川喜◯のような人ね。
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poo***** | 7時間前
ソ連よりアメリカと戦うなど全くの的外れ。部下に慕われたとあるがこういう頭が兵站も考えず兵だけを激戦地に放り出し、戦って死ぬよりはるかに多くの飢えや病気による死者をだした。そしてその責任を現地に押し付け、見直すことなくさらに多くの日本人を殺すことになった。日本を戦争に引きずりこみ、国民を犠牲にし国土を焼け野原にした元凶の一人。
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mnx***** | 3時間前
大日本帝国の陸軍はバカばかり!
今更でしょ?
反面教師として徹底研究するべき!
9/11(火) 12:35配信 日経BizGate
日本陸軍の研究(中) 「優秀だが独断」辻参謀、ノモンハンの経験が招いた対米開戦論
陸軍はリーダーシップを欠いたまま策動し、責任を取らないパターンが常態化していたという
日本陸軍を暴走させたのが組織トップの将軍クラスではなく、陸軍省や参謀本部の中堅エリート幕僚らだったことはよく知られている。帝京大学の戸部良一教授は「陸軍はトップのリーダーシップを欠いたまま策動し、自らは責任を取らないパターンが常態化した」と指摘する。そのエリート幕僚らの行動原理に「独断専行」がある。代表的な軍人が辻政信参謀だ(終戦時は大佐)。重要な戦場で独断専行し、いったんは左遷されるものの結局は陸軍中枢に迎えられた。戦後は衆院・参院議員に当選した。辻参謀の研究はビジネス社会の人事政策へもヒントを与えてくれそうだ。
(※連載の続きは、画面下の【関連情報】からご覧ください)
首席卒業、「作戦の神様」と呼ばれた優秀さ
「独断専行」とは、急変する戦場で命令を待っていては対応が遅れてしまう場合、現地で自主的に判断、行動することを本来指す。第1次世界大戦後の陸軍で奨励されたが、やがて上官の命令を無視したり全く逆の行動を取ったりすることを意味するようになった。辻はノモンハン事件(1939年)、フィリピン攻略(41年)、ガダルカナル島防衛(42年)などで独断専行を繰り返したとされる。
一方で辻は「作戦の神様」と異名を取った優秀な幕僚でもあった。陸軍地方幼年学校、同中央幼年学校、同士官学校を全て首席で卒業し、難関の陸軍大学でも一発合格を果たした。卒業時は3番という大秀才だった。辻がその才能をフルに発揮したのが開戦直後の「マレー攻略戦」だ。「銀輪部隊」など現地の特徴に合わせた臨機応変の機動力で、日本軍はマレー半島上陸後に約70日で1000キロ以上を南下し、シンガポールを陥落させた。その多くが危険を省みずに最前線で情報収集・分析した辻の計画に負っていたという。
戸部教授は「旺盛な攻撃精神と積極果敢さを重視する日本軍の伝統的・正統的な戦法を、戦場の特徴に合わせて柔軟に応用した」と評価する。参謀には本来、部隊を指揮したり命令を下したりする権限はない。しかし現地でタイムリーに打ち出す独断専行はうまく機能することも多く、辻は英雄視された。翌年には参謀本部の作戦班長という花形ポストが用意された。
ノモンハン事件で左遷、しかし返り咲く
ただ当然ながら、独断専行は「一歩間違えば組織を混乱と無秩序に陥れかねなかった」(戸部教授)。その失敗例がノモンハン事件だ。ソ連との国境紛争がエスカレートしていき事実上の戦争に突入した。当時「関東軍」作戦参謀だった辻は終始積極論へ全体をリードし、出撃計画を立案、実行に移した。参謀本部の自重を促す指示は無視した。結局は機械化が進んだソ連軍に敗れ、本人も中国内陸部に左遷されたが、1年後には参謀本部の戦力班長へ栄転した。
辻の著書「ノモンハン秘史」は、戦場の生々しい状況が詳しく描かれており独特の迫力がある。こうした著作にありがちな自己弁明じみた記述がない代わりに、「戦争は最後に敗けたと感じた者が敗けたのである」と締めくくるあたり、独断専行への反省も感じさせない。甚大な損害を出した作戦を、最も強力に推進した「主犯」なのに、なぜ中枢に返り咲けたのか。
組織の論理超えた普遍的価値観を示す
戸部教授は「辻の『現場主義』という行動力を誰も否定できなかったからだ」とみる。ノモンハン事件では何度も前線を視察し、爆撃作戦には自ら参加した。マレー攻略戦など、ほかの戦場でも常に前線に出たため、たびたび負傷したという。現地の実情を肌で知っているということが辻の何よりの強みだった。
「現場主義」だけではない。陸軍が理想とした「質実剛健」「積極果敢」「率先垂範」といった理念を、辻は日ごろからまじめに追求していた。人間的には清廉で部下の面倒を親身になってみる一方、料亭や宴会に通う同僚を嫌った。このため士官学校の生徒や一般の将兵からは人気があったという。終戦直後にタイ・中国へ逃亡した経緯を綴(つづ)った「潜行三千里」はベストセラーになった。その後立候補した国政選挙を手伝ったのは、辻参謀を慕う元部下たちだったそうだ。
「積極果敢」も「率先垂範」も本来は「軍事組織の機能を最大化するために陸軍が掲げたもの」(戸部教授)だ。ただそうした組織の規範に忠実な人間を叱責するのは難しい。辻の行き過ぎに眉をひそめる上官もいたが、強くとがめられることはなかった。成功すれば臨機応変の処置と見なされた。
こうしたタイプの部下をどう制御するか。戸部教授は「辻は異能の軍人だが決して異質な分子ではなかった」として、組織の論理を超えた普遍的な価値で抑えることを提示する。「普遍的な価値に基づいた上で、組織の理念をどこまで追求すべきかの限度を明示するのがリーダーの役割だ」(戸部教授)。目の前の状況に惑わされず、常識を持ち合わせていつでも冷静な判断を下せるリーダーを育てておくのが人事政策の重要なポイントとしている。
ノモンハンの経験が対米開戦論に
一方、辻がノモンハン事件から何も学ばなかったわけではない。ソ連軍の真の実力を知ったため、41年の独ソ開戦時にはドイツに呼応して対ソ攻撃に踏み切るべきだとの国内の「北進」論を抑える側に回った。独ソ戦はドイツが楽観するように簡単には片付かないとの見通しだった。
その代わりに、米英との衝突を覚悟しても石油資源を獲得すべきとの「南進」論に組みするようになった。ノモンハンの経験が対米英開戦の主張に結びついたわけだ。現代経営学は成功の記憶よりも失敗体験の方から学ぶことが多いと教えている。しかし「失敗の経験から正しく学ぶべきことがいかに難しいかを辻のケースは示している」(戸部教授)という。
良質の戦史研究、ビジネスにも応用を
戸部教授に今後の研究課題などについて聞いた。
ーー日本の敗戦の原因は陸軍が政治介入し暴走したからという議論をよく聞きます。
「昭和戦前期の日本の軌道を狂わせた責任の全てが陸軍にあったわけではないですが、国家の変調に最も大きな影響を与えたのが陸軍であったことも間違いありません。前近代的だったから暴走したのでなく、近代的な専門教育を受けたプロ軍人が組織を劣化させたことが大きな特徴です」
「陸軍大臣や参謀総長は官僚組織としての主張を政府に押しつける役割で、リーダーシップを発揮したわけではなかったのです。優れた戦略は洞察力と大局観を持った指導者に負っていることが多く、リーダーシップの欠如は戦略性の欠如につながりました」
ーー東条英機元首相には戦略ビジョンに欠けていたことが指摘されています。
「勝つためのビジョンが描けませんでした。米英はまず『ドイツに勝つ』という戦略ビジョンが確立していました。日本は、米国に継戦意志を放棄させるには中国を降伏させるか、ドイツ軍と連携し英国を屈服させるということを考えただけで、勝つためのビジョンではなかったのです」
「『アジア解放』の理念も中途半端でした。しかしこの考えが実際の作戦計画に悪影響を及ぼしたことはなく、むしろ徹底して追求した方が良かったかもしれません」
ーー辻政信参謀のようなタイプはビジネス社会でも「理想の部下・上司」という見方もできます。
「多くのエリート軍人は有能で合理的でさえあったといえるでしょう。しかし軍事問題に限った場合です。組織に必要なのは特定の分野を超えて大局観や政治的英知を持ったリーダーです。組織はそうしたリーダーを意識的に育てていく必要があります」
ーー今後の戦史研究はどう展開していくでしょうか。
「最近は(1)インテリジェンス(2)プロパガンダの2つの面で昭和戦前期の歴史研究が進んでいます。(1)は情報がどう活用されたか、あるいは使われなかったかの検証だ。宮杉浩康(明大)、関誠(帝塚山大)、小谷賢(日大)の3氏の研究に注目しています。(2)については「思想戦」という視点から海外にも優れた研究者が出てきています。日中戦争については、中国や台湾の研究者との共同研究も始まりました。これまで利用できなかった中国側の資料を使った新しい研究が出てくることを期待します」
「日本では、欧米に比べて戦史研究が先細りになっています。若い研究者が積極的にこの分野に取り組んでほしいと思いますね。良質の戦史研究は国家経営やビジネス面に応用できる可能性を持っているのではないでしょうか」
(松本治人)
ter***** | 6時間前
辻はパフォーマンスがうまかった、ノモンハンでも飛行機に乗って敵情視察に言っているがその時の報告は「ソ連軍は撤退している、今こそ追撃すべき」だったが真実は逆でソ連軍は大兵力を送り込んで前進していたのである。彼の特徴は兵力を送りこんでおいてそのあと食料弾薬を一切補給しない、という信じられない作戦であった。そのため全弾撃ち尽くした部隊にその場所を死守せよ、という無茶な命令を出した。部隊長は全滅を避けるため引き上げると、命令違反ということで部隊長には拳銃を渡して自決をさせ口封じをしたのです。同じようなことをガダルカナルでもやっています。彼は戦後参議院議員に当選したが単独でラオスにわたり行方不明になっています。これは敗戦前に現地で供出させた金銀宝石類を取りに行って殺されたのだと思います。
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mat***** | 6時間前
ノモンハンはソ連の物量に押されてきびしい戦いを強いられたけど、ソ連崩壊後のロシア側資料によれば、損害はソ連のほうが上回っている。特に航空部隊の練度の差は明白で、日本側は短期間の戦闘にもかかわらず数十機撃墜のエースを多数輩出した。
辻はソ連の物量に懲りて南進を支持したというが、米英のほうが更に巨大な生産量を誇るのに何故?と今さらながら思う。
大戦略としてはソ連を東西から挟み撃ちにしたほうがまだ勝機はあったと思う。やはり木を見て森を見ない人だったのだなと思わざるを得ない。
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cyb***** | 8時間前
組織のトップに近い人たち、つまり「意見上申され、承認すべき人」の態度があいまい。
さらに責任を取らない。
こういう「独断専行型」の人物の振る舞いが容認された背景には、独断専行に対する抑止力が働かない、組織の在り方にも問題がある。
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Y | 8時間前
まず日本人は戦略を描ける民族じゃない。
少子高齢化、東京一極集中、桁外れの財政赤字。日本国の信用力が底割れしてハイパーインフレになるしか解決策はないわな、一般市民に犠牲を強いる形で。
意思決定も慣例重視でリーダーが責任ある決定ができない社会。
そういう社会でも非常事態では素晴らしい学歴で小市民的な道徳意識の高い人間は際立つ。
しかも本人は無責任でなおかつ社会・組織も責任を問わない。かといって組織が当人に特別な裁量を明示して与えるわけでもない。
どっかの國のスポーツ界みたいに学歴も道徳心も低い人間が馬力で牛耳るよりはましだが。
学歴と戦果という因果関係に疑いを入れられない合理性に乏しい社会。図上演習などで収まるところでは優秀な参謀だったんだろうが、柳条溝やノモンハンは大東亜戦争の最大の敗因の1つでしょ。特に後者で哭いて馬謖を切らなかった代償はいまだに日本国が払うことになってると思うけど。
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rhg***** | 4時間前
辻の異常性は、参謀(スタッフ)なのに、現場の指揮官たち(ライン)に平然と命令を下している。
時には、「大本営の命令」と、嘘までついている。
それを大本営参謀本部は追認までしている。
服部卓四郎を筆頭とする、辻を高く評価している上司たちがいたというが。。。
一方で、山下奉文のように、「この男、やはり こすい男。。。」というように、辻を低く評価している将軍もいます。
なぜ、このような少壮幕僚が高く評価されていたのか、今後も勉強していきたいです。
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dgn***** | 6時間前
>日本では欧米に比べて戦史研究が先細りになっています。
日本の平和教育が悪い。「戦争は恐ろしい」と簡単に話しておしまい。歴史教科書を見ても、臭いものに蓋、とばかり戦争にはほとんど触れない。米露の教科書に比べると極端に少ない。
これは間違っていると思う。
癌になりたくないなら癌の研究。
戦争を避けたければ戦争の研究。
もう少し歴史教科書に大東亜戦争の起承転結を書いても良い。
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har***** | 8時間前
戸部先生は、辻参謀のような人物がいい上司・部下といっていますが私は違うと思います。辻参謀のような独断型の社員は、危ない奴とみなされ、仕事からはずされます。会社にとっては、意見するもの、提案をするものは反抗的とされます。だからみな社畜になるのです。
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tal***** | 1時間前
優秀だが独断?
一兵卒として前線に行かないから勇ましい事が言えただけ。
立場を利用して頑張っているアピール。
現代でも、声のデカい人の意見には従う。
上司は責任を取りたくないから、日和み主義。
そんなに組織は負けて当然。
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hek***** | 7時間前
偵察・通信が未整備な当時、後方からの判断よりも前線での独断専行は定石で日本陸軍に限ったことではない。状況不鮮明な局面で、後方からの指示待ちでは責任は問われないかもしれないが、戦さには勝てない。これは現代のビジネスにも通ずる。当然、成功も失敗も発生する。結果責任は問われても仕方ない。
但し、参謀は責任を問われないのが常識で、決断は指揮官の専管事項だから、辻の場合、彼の強烈な個性に押し切られた指揮官の能力の問題ではないか。
漠然と日本陸軍は単細胞の無能・無責任集団との刷り込みがあるが、与条件の中での行動としては合理的であると感じることが多い。
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sad***** | 7時間前
服部卓四郎に触れない辻政信論など、気の抜けたビールみたいなもの。
そしてさらに上司にあたる田中新一にも触れないのはどうしたわけか。
彼らは嘘の報告をして日本陸軍の方針を誤らせた点でよく似ている。
こういう、うすっぺらい話で分かったような気持ちにさせられる読者が気の毒。
明日はどっち | 5時間前
相手の国力も知らないなんて、バカとしか言いようがない。それを鵜呑みにする上層部は無能の一語。
今になっても日本人は同じだね、成長も反省もない。東芝、パナ、シャープ、富士通、枚挙にいとまがない。
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mag***** | 38分前
兵隊には命令ひとつで、死んでお国に為に働いてこいと云ったヤツが、戦後のうのうと生き延びて議員にまでなりやがった。こんな人間を容認したのはどんな奴らだ。
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kur***** | 6時間前
国民が優秀だとこう言う偏差値馬鹿的な奴がすぐのさばる、日本国民もアメリカ人(アメリカ国民には大変失礼だが)と同じように個人主義でもっと馬鹿になろう。
km7***** | 3時間前
辻より石原莞爾の作戦計画を読んで米軍は驚愕した。広げ過ぎた戦域縮小とか満州以上に中国に深入りせずに意見したが馬鹿な部下が自分だけ有名になったと嫉妬して勝手に云う事を聞かなかった
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sug***** | 6時間前
戦前の日本ではなぜ、合理的判断のできる優秀な人の意見が組織内で通らないのか。後から見たら、愚かな決定がなされるのか。
司馬遼太郎氏や山本七平氏などが指摘しているように、日本人は「空気」という、わけのわからない妖怪に、少なからず縛られる。
一旦「空気」に支配されると、根拠が乏しくとも非合理的判断であっても、それが大きな力を持って従わざる得なくなることがよくある。
山本七平著「空気の研究」に代表例として書かれている、戦艦大和の無謀な、無意味な沖縄出撃のようなことはたくさんあったのだろう。
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kar***** | 6時間前
日本軍がシンガポールを占領した際に、無差別に華僑を虐殺しまくったシンガポール華僑粛清事件では、辻参謀は現場で「シンガポールの人口を半分にするつもりでやれ」と指示しています。
自分の部下には思いやり、中国人には血塗れの大虐殺という、人格が同居していたのです。
これは、良識のある善良な一般市民も、きっかけさえ与えれば、ヒトラーの様になれる証拠ですね。
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hpk***** | 7時間前
どうも現在も8割オフ顔にも情報伝わってるみたいだな、ごみ溜め、クドシマ、ハロワ他同様、だから普通にクソ犯罪でカス不法違法不正妨害侵害払え
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ero***** | 4時間前
このおっさんがフィリピンでバターン死の行進に紛れて虐殺とかシンガポール虐殺指示して、しかも終戦時トンヅラこいたから、ほんとは知米派の人道主義者の本間雅晴が死刑になった。山下奉文もシンガポールでは虐殺の責任を負わされ、フィリピンでは富永恭次にトンヅラこかれて死刑に。とんだ罰ゲーム。イエスかノーか?でマレーの虎と猛将で知られるが、本当は通訳が下手くそだからまずは降伏の意思があるのかないのか教えてと平和的に聞いただけらしいぞ。
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ffx***** | 2時間前
第二次世界大戦と同じ、学校で成績がどうこうより。この人種はやる事が出鱈目。指揮系統・戦略・戦術全て稚拙。かてて、責任取る気もない。そんな奴が生き残って、戦後のうのうと政権についている国だから笑っちゃう。
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isi***** | 8時間前
辻参謀はダメ日本の典型的なインチキ・エリート官僚。陸軍士官学校や陸大をトップで卒業したから優秀な人間と勘違いされて要職につけられて、戦争中は失態と失敗の連続。しかも戦後は戦犯指名を恐れて身分を隠してコソコソ逃げ隠れした卑怯者でもある。
日本社会は現在でも東大卒だからと「辻的な似非エリート官僚」を要職につけては失敗を繰り返している。例えば最近では前川喜◯のような人ね。
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poo***** | 7時間前
ソ連よりアメリカと戦うなど全くの的外れ。部下に慕われたとあるがこういう頭が兵站も考えず兵だけを激戦地に放り出し、戦って死ぬよりはるかに多くの飢えや病気による死者をだした。そしてその責任を現地に押し付け、見直すことなくさらに多くの日本人を殺すことになった。日本を戦争に引きずりこみ、国民を犠牲にし国土を焼け野原にした元凶の一人。
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mnx***** | 3時間前
大日本帝国の陸軍はバカばかり!
今更でしょ?
反面教師として徹底研究するべき!