田辺聖子さん訳の、
「むかし・あけぼの」
~小説枕草子~
(1986年初版)角川文庫
・浮舟を発見したのは、
比叡山横川(よかわ)に住む、
尊い僧都とその弟子たち一行である
僧都の八十あまりになる母、
五十ばかりの妹、
この二人ともに尼であったが、
昔かけた願を果たしに、
大和の長谷寺へ参ることになり、
僧都はこの二人に、
気心の知れたしっかりした、
弟子の阿闍梨を付き添わせた
お寺でさまざまの供養を済ませ、
帰途、奈良坂を越えるあたりで、
母の尼君の具合が悪くなった
このままではお帰りになれまい、
人々は大さわぎをして、
宇治のあたりの知るべの家に、
休ませ様子を見たが、
やはり苦しそうなので、
横川へ使いをやって、
僧都に知らせた
僧都は山籠りの修行中で、
今年は下山すまいと、
決心していたが、
高齢の母が旅の空で、
亡くなるようなことがあれば、
と心配して宇治へやってきた
僧都や弟子たちが、
加持しているのを、
その家の主人は、
迷惑に思うらしかった
もしここで、
病人に寝つかれ、
死なれたりすると・・・
僧都はその苦情も、
もっともなことと気の毒がって、
近くの宇治院に母を移すことにした
ここは故朱雀院の御領で、
公的な邸であるが、
そこの管理人が僧都の知り合いで、
あったので頼んでみたのである
尼たちの住居の小野は、
あいにく方ふたがりで、
戻るわけにはいかないのであった
管理人はいなかったが、
留守を預かる老人が、
一行を泊めてくれた
たいそう荒れ果てて、
物恐ろし気な邸だったので、
僧都は弟子たちに、
魔物を払う経を読ませ見まわった
松明をともし、
人も寄らぬ建物の後ろに廻ると、
森のような巨木がうっそうと茂って、
薄気味悪い
とその巨木の根元に、
白いものが見えた
「何だ、あれは」
と火を明るくして、
掲げると、
何かがうずくまっている
「狐が化けたのか、
正体をあばいてやろう」
元気のいい僧が近づくと、
「止した方がいい」
ともう一人が、
魔性を退散させる印を作りつつ、
視線は釘づけになる
元気のいい僧が近寄ると、
髪は長く顔を伏せ、
木の根元に坐って、
声を絞って泣いていた
「女か・・・」
男でもぞっとする心地であった
僧都は近寄って、
じっと眺めた
「これは人間だ
魔性の者ではない
死人ではない
あるいは死んだと思って、
捨てたのが息を吹き返した?」
「しかし、
死人をこんなお邸に、
捨てますまい
魔性の者が人をたぶらかし、
正気を失わせ、
ここへさらって来たのかも、
しれませぬ
困りましたな、
これは
ここで死なれでもしたら、
それこそ我々も死穢に、
触れてしまいます
お前は鬼か、神か、狐か、
正体をあらわせ」
僧は、
怪しの者がかずいている衣を、
取り払おうとすると、
顔をかくしていよいよ泣く
そのうち雨が烈しく降り出した
僧たちは早く、
追い払いたかった
「このままでは死ぬでしょうな
今のうちに垣の外へ、
抛りだしましょう」
「待ちなさい
見ればこの者は、
普通の人のようだ
まだ息のある者を、
みすみす捨てることは出来ない
この人もたとえ一日二日の命、
としても命は大切に、
しなければならぬ
仏もお救いになろう」
僧都は、
慈悲あるやさしみをかけて、
「薬湯など飲ませ、
助かるかどうか試みてみよう
それで死ぬなら仕方ないが」
と弟子たちに、
担ぎ入れさせた
人々は内心、
「とんでもないことをされる
母君が重病でいらっしゃるのに、
そのそばに、
わけのわからぬ怪しい者を、
取り入れられるとは、
死の穢れに触れることに、
なるんじゃないか」
などとこぼしあった
母の尼君と妹尼が、
車で到着し、
人々は苦しがる母君を、
大さわぎして休ませた
少し落ち着いてから、
僧都は弟子の僧に問うた
「さっきの人はどうしている?」
「意識不明で、
息をしていないありさまです」
この問答を妹尼は聞いていて、
「誰のことです?」
というので、
僧都は事情を話した
聞くなり妹尼の顔色が変わった
「何ですって・・・
誰とも知れぬ若い女の人が、
倒れていたんですって?
私は長谷寺へお参りした時、
夢をみました
亡き娘の身代わりを授けてやろう、
と観音さまがおっしゃったのです
その人はどこにいます?」
その女は、
東の遣戸の内に、
捨てられたように臥していた
若く可愛い女で、
白綾の衣を着て、
紅の袴を着けていた
上品な風情
「娘だわ、
死んだ娘が帰ってきたのだわ」
妹尼は泣く泣く、
女房たちにいいつけ、
部屋の中へ入れさせた
生きているようでもなかったが、
それでもほのかに目をあけた
「何かおっしゃって下さい、
あなたはどこのかた、
どんなわけがおありになったの?」
妹尼は問いかけるが、
理解出来ぬようであった
「恋しい恋しいと思っていた、
亡き娘の身代わりに、
観音さまがお授けくださった
有難いこと
嬉しいこと
私がきっと元気にして、
さしあげましょう」
(次回へ)
・白い霧が流れている
これは宇治の川霧なのか
浮舟はその中をさまようていた
あの世ともつかず、
この世ともおぼえず、
ただ茫々とした霧の中を、
あてどもなくさまよう
ここはどこなのだろう
自分はこれを最期にと、
川に身を投げたはずなのに、
いったいどこへ来てしまったのか
浮舟はむなしく手をのべて、
何かにすがろうとする
わずかに思い出したことは、
あの夜、臥床からのがれた記憶
死のう
思い切って宇治川に身を投げよう
そう思って、
人がみな寝静まったあと、
そっと縁へ出たのだった
風が烈しく、
川波の音も荒かった
浮舟は恐ろしかった
これから先のことも、
過去も考えられなかった
縁に坐って、
さてどっちへ行っていいか、
わからない、
といって部屋へ戻る気もしない
じっと坐っていた
と、清らかな男が、
霧の中から現れて、
「おいで
私と一緒に行こう」
と浮舟を抱き上げるではないか
(宮さまなのね?
あなたは匂宮さまでしょう)
浮舟が叫んだのは、
いつぞや、
匂宮に抱かれて舟に乗り、
対岸の山荘で夢幻の二日を、
過ごした記憶があるせいだろうか
男は浮舟を、
見知らぬ場所に据えると、
ふっとかき消すように見えなくなった
(宮さま・・・)
と叫んでも、
身のまわりを取り巻くのは、
白い霧ばかり
そうだ、
自分は死ぬつもりで出て来たのに、
本意も遂げられないで、
こうして生きていると思うと、
浮舟は悲しくて涙が止まらない
誰やら身のまわりで、
かしましく騒いでいた気もするが、
ただただ、
せきあげて泣くばかり
そう思っているうちに、
またもや茫々たる白い霧にまかれて、
浮舟は記憶を失ってしまった
ふっと目をさまし、
意識を取り戻した浮舟は、
あたりを見廻した
「おお、
お気がつかれたか、
お名は何といわれる
親御はどこにお住まいか」
周囲の人々は口々にいう
自分を取り囲む顔、顔、顔は、
みな老い衰えた尼たちばかり・・・
歯を失って口元のすぼんだ者、
皺のあいだに押し開かれた、
老いた目、
かがんだ背、
ぶるぶる震える手、
そんな老尼たちばかりが、
周りを取り巻き、
「これ、お気を確かに」
「正気が戻りましたか」
「観音さまのおかげじゃ」
「まことに僧都さまはじめ、
阿闍梨さまたちのご加持の、
霊験あらたかなこと」
浮舟の見知った顔は、
一人もいない
まるで知らない国へ来たようで、
悲しかった
住んでいたところや、
名を問われても、
浮舟は思い出せない
「どうして、
わたくしはここにいるのでしょう
ここはどこなのでしょう」
「ここは小野の里ですよ」
「小野?」
「あなたは宇治で見つけられて、
ここまで私どもが、
お運びしたのですよ」
「宇治・・・」
浮舟は目の色を動かした
記憶の中から、
何かがたってくる気がする
「あなたは、
あるかなきかの様子で、
倒れられていられたそうな
大方、
魔物がさらってきたのでしょう
私どもが介抱しているうちにも、
うわごとのように、
『このまま宇治川へ、
落として下さい』
と言い続けておられた
そのまま意識がなく、
重態でいらしたのですよ」
浮舟は覚えがなかった
「四月、五月と過ぎ、
あまりの心もとなさに、
僧都さまに加持をお願いして、
ようやっと、
ついていた物の怪が去りました
お命を取り留められて、
嬉しゅうてまりませぬ」
浮舟のあたまも、
しだいに分明になってくる
それでは自分が意識を、
失っていた長い年月、
この人々が看護してくれた、
というのか
それはありがたいことだけれど、
老いた尼とはいえ、
見知らぬ人々に、
正体のないわが身を、
世話されていたとは・・・
せつなく恥ずかしい気持ちがして、
浮舟は身もすくむ思いである
(とうとう、
生き返ってしまった・・・
死ぬことも出来ない、
わが身のつたなさ)
そう思うと、
浮舟はほろほろと涙をこぼす
「これ、
もう悲しみなさいますな
物の怪も退散し、
気分も晴れ晴れとなさったはず
さあ、お薬湯など召しあがりませ」
親切な尼は、
薬湯をすすめ、
額の汗をぬぐってくれる
まるで肉親に向かうような、
いたわりとやさしさ
浮舟はそのやさしさに、
あとからあとから、
涙があふれてやまないのであった
(次回へ)
・薫も人気は高いものの、
女の住む奥深く立ち入って、
親しくしないので、
女房たちは薫がものをいうと、
緊張するようであった
薫は空虚感をもてあます
妻の女二の宮はありながら、
心がひたすら求めているのは、
中の君
そして幼い時から、
紫の上に共に育てられた、
女一の宮(一品の宮)である
その宮を、
ふと垣間見たことで、
あこがれはかきたてられる
女一の宮は、
夜は母后(明石中宮)のもとで、
おやすみになるので、
女房たちばかりで、
月を見て琴を弾いたり、
おしゃべりしたりして、
くつろいでいた
薫は女房たちのところへ、
近づいて、話題はつい、
女一の宮のことになる
「姫宮はあちらですね
いつもどんな風なことを、
なさっているのですか」
「こんな風に音楽を楽しまれたり・・」
薫はふと、
吐息がもれる
それを姫宮に対する、
思いのため息かと、
気を廻されたらどうしよう
薫はそれをまぎらすため、
差し出された琴をかき鳴らした
西の対には、
かの亡き式部卿の宮のおんむすめ、
宮の君が部屋を頂いている
薫は、
皇族の一人でいながら、
女房になった宮の君の運命に、
心動かされていたので、
そちらへ挨拶に行く
ここでも若い女房たちが、
たくさんいて月を賞でていた
薫が咳払いをして、
訪れを知らせると、
年輩の女房が出てきた
「人知れずお心を寄せています
何か私でお力になれますことなら、
何なりと」
と薫がいうと、
その女房は女あるじに伝えず、
自分で返事をする
「ほんにまあ、
思いもかけぬご境遇になられて、
思えば亡き父宮のお志も、
ございましたものを、
と思い出されます
あなたさまが折にふれ、
頂きます陰ながらのお言葉、
姫君もお喜びでいらっしゃいます」
亡き父宮のお志というのは、
薫を婿にという意図をもって、
いられたのを指すのであろう
しかし女房の取り次ぎだけでは、
失礼じゃないか、
薫は不満である
「これは他人行儀な
人づての取り次ぎとは
私と姫は身内ですが、
今はまして何かにつけて、
おつきあいをと、
願っていますのに」
女房ははっと気づいたらしく、
宮の君に返事を促がしている
宮の君の声が聞こえる
「はじめてのことばかりで、
淋しく思っていましたが、
おっしゃって下さるお言葉、
ほんとに嬉しくて、
心丈夫に存じます」
直接答える声は、
若々しく愛らしく、
恥じらいもある
女房たちの一人とすれば、
興もあるが、
皇族の姫君が男に直接返事するように、
なってしまわれたとは、
薫にも感慨がある
この先、どうなられるのだろう、
と心もとない
その危惧を抱かせられるような、
頼りない軽々しいところがおありだ、
と薫は思う
(お美しい方だろうな
匂宮あたりがまた、
思いを懸けられるのか)
と面白くもあるが、
こうしてみると、
理想的な女性というのは、
この世に滅多にないものらしい
思えば宇治のような、
山ふところに生い立った姫君、
かの大君や中の君こそ、
非のうちどころもなかった
軽々しいと思った浮舟の君も、
風情があって愛らしかった
亡き八の宮ご一族の女人は、
みな慕わしかった・・・
それなのに薫は、
そのどの一人とも、
はかない縁で終わってしまった
それからそれへ思い続ける、
薫の目の前を、
夕暮の蜻蛉がはかなく飛び交う
<ありと見て
手にとらず見ればまた
ゆくへも知らず消えし蜻蛉>
そこに見えながら、
手に取れない、
手にしたとたんにまた、
消えてしまう
はかない命の蜻蛉は、
またわが恋のようだ
やっと捕まえたと思うと、
いつか消えている
薫は永遠に満たされぬ思いに、
苦しむのであった
(了)
・思慮深い薫でさえ、
思い乱れる恋のことゆえ、
万事、女性問題では軽々しい、
匂宮はあれからお気持ちの、
晴らしようもなく、
悲しみは癒えない
浮舟が忘れられない
中の君とこの悲しみを、
語りあおうにも、
中の君は異母妹といいながら、
浮舟とはうとうとしい仲
それに宮も、
中の君に向かって、
浮舟が恋しいと告白されるのも、
お気が咎める
そういう折は、
宮は浮舟に仕えていた、
女房、侍従をお呼びになる
宇治の邸では、
浮舟失踪後、
仕えていた女房はみな去っていき、
乳母と右近と侍従だけが残っていた
侍従は乳母たちと暮らしていたが、
やはり宇治川の荒々しさ、
山里の淋しさに堪えられず、
京へ出てみすぼらしい家に、
移り住んでいた
それを宮は捜し出され、
二條邸へお呼びになった
お心は嬉しかったが、
侍従は人々の口をおそれて、
お受けしなかった
二條邸の女あるじ、中の君を、
浮舟が裏切る結果になったから
その人の女房だったと知られれば、
邸の人々の目が冷たい、
と思われたのであった
その代りに、
宮の母宮、后の宮にお仕えしたい、
と侍従はお願いした
宮は願いを聞き入れ、
「そうなれば、
私も目をかけてやるよ」
と仰せられた
よるべない心細い身の不安も、
これで紛れると、
侍従はご奉公に上がった
人々に認められて、
侍従を悪くいう人はいない
お仕えしているうち、
こちらの御殿へ、
薫が絶えず来るのを、
侍従は御簾のうちからよく見た
見る度、
宇治のことが思われて、
悲しかった
亡き姫君、浮舟さまは、
この君に愛されていらしたものを、
と思う
后の宮の御殿には、
身分の高い立派な姫君ばかり、
宮仕えしているという、
世間の噂、
そのお仕えしている人々の中に、
最近参られた、
ひときわ身分の高い姫がいる
この春亡くなられた、
式部卿の宮のおんむすめで、
継母の北の方によって、
不本意な結婚を、
させられようとしたのを、
后の宮が、
「お可哀そうに、父宮が、
大切に育てられていらしたものを
いっそこちらへ身を寄せて、
一の宮のお話相手にでも、
なって下されば」
と引き取られたのだった
普通の女房よりも、
特別に扱われるとはいうものの、
それでも身分の決まりもあること故、
宮の君と呼ばれた
匂宮は宮の君にも、
関心を持っていられる
亡き式部卿の宮は、
中の君や浮舟の父宮、故八の宮と、
ご兄弟
宮の君は中の君や浮舟と
従姉妹になる
浮舟に似ているのでは、
と思われると、
早く会ってみたいと、
女人に関心をお持ちになる、
癖はやまなかった
薫は、
女房になって出仕する宮の君に、
同情を禁じえない
亡き父宮は、
このひとを東宮に納れようか、
それとも薫にと、
お考えになったほど
后の宮(大宮)は、
式部卿の宮の服喪で、
六條院に里下りしていられたのだが、
ここ、六條院は内裏より広々として、
美しく、右大臣の権勢もあって、
そのかみ、
光源氏の君が住んでいた頃より、
花やかであった
管弦の遊びは絶えず催され、
どの建物にも人々は満ちていた
匂宮はこういうところで、
花やかにもてはやされる方で、
ようやく浮舟を失った痛手も、
薄れられたのか、
元のご本性に戻って、
浮名をふりまいていられる
(次回へ)
・女一の宮(一品の宮)は、
母后(明石中宮)のほうへ、
おいでになった
「さっき、
薫の君がそちらへ行かれたのは?」
母后は女一の宮のお供の、
女房の大納言の君に聞かれる
「小宰相の君に、
お会いになるおつもりでは、
ございませんか」
女房たちは、
薫との仲を知っている
「堅物にもやはり、
お気に入りのひとはいるのね
あの小宰相だったら安心だわ」
と母后、大宮は仰せられる
薫は大宮の異母弟とはいえ、
(お互い表向き父が源氏であるが・・・)
やはり心づかいせられる
「大将さま(薫)は、
ありふれた色恋では、
いらっしゃらないようです
小宰相は匂宮さまは、
薄なさけのかただからと、
お返事もさしあげないようで、
ございます」
大納言の君が笑うと、
大宮もお笑いになり、
「見苦しい匂宮のお心癖を、
小宰相はよく知っているわけね
ほんとにあの宮の、
悪い癖を直してさしあげたいわ」
そんな話のあと、
大納言の君は膝をすすめていう
「まことにふしぎな噂を、
耳にいたしました
大将さま(薫)がこのほど亡くされた、
愛人は匂宮さまの二條にいらっしゃる、
北の方の妹君だそうでございます
腹ちがいのお妹さまらしく、
常陸の前の守の妻は、
その方の母と世間では申しております
その女君に、
匂宮さまが忍んで通われましたそうな
大将さまはお耳になさったのか、
にわかにその女君を京へ、
迎えようとして、
警護の者をつけたり、
物々しく固められたもので、
ございますから、
宮さまも邸へお入りになれず、
仕方なくお帰りになられた、
と申します
女君は宮を慕うてか、
そのあと、
急にお姿が見えなくなりました
川へ身を投げたらしいといって、
乳母が泣き騒いでいた、
ということでございます」
大宮は驚かれる
「誰がそんなことをいっていたの?
困った話ね」
「いいえ、
これは事実らしゅうございます」
大納言の君は続ける
「宇治のお邸に仕えております、
女童が、ついこの間、
小宰相の実家へやってまいりまして、
確かなことだと申して、
この話をしたのでございます
こんな普通でない、
亡くなり方をしたことを、
世間にはいうまい、
というので、
皆がひた隠しに隠したようで、
ございます
それでお耳に入れなんだので、
ございましょう」
大宮は考えこまれて、
「その者に、
二度と人に話さぬよう注意してね
匂宮もお身をあやまり、
世の評判も落ちるでしょうから、
これは内密に」
とお心を痛められた
それにしても、
宇治の姫君たちは、
なぜこうもおれの心を乱すのか、
薫は思う
中の君はわがものになるべかりし、
ところをわが心から、
匂宮に譲ってしまった運命の皮肉
それにあの浮舟
われから身を滅ぼしてしまった、
心幼さもさりながら、
思いつめたらしい哀れさ、
今になってみれば、
何と可憐ないとしいひと
その浮舟まで失ってしまった
みんなおれが悪いのだ
宮を恨むまい
薫は考え込む
(次回へ)