むかし・あけぼの

田辺聖子さん訳の、
「むかし・あけぼの」
~小説枕草子~
(1986年初版)角川文庫

最終章 姥勝手  ②

2021年11月29日 08時32分03秒 | 「姥ざかり」田辺聖子作
 









・「しかし、医者は・・・」

「お医者はんの言わはることも、時世時節で変りまんのや。
自分で自分の体見てたらよろし。
あんたなんか、危のおまっせ。」

「なんででんねん」

「いつも自動車に乗ってるやないか。
歩かなあかんのや。電車やバスに乗ったり、
それがいちばんの健康法でお金もかからへん。
まあ、命も体も借りもんやよってな」

「誰に何を借りてまんねん」

「健康も寿命も神サンに借りてる、いうてますのや」

「あほらし、ワシの体はワシのもんや」

長男はむくれて電話を切ってしまう。

三十分ほどして、今度は次男が電話してくる。

「いま、西宮が言うとったけど、
オカーチャン、何か借りてるらしいな。
何ぼ借りてるねん」

長男に健康や寿命を神サン(モヤモヤさん)から借りてる、
と言ったのが、即、銀行から借りてる反応になった。

「借りたもんは早よ返さんかいっ。
ワシらに迷惑かからんようにしてくれよ。
ほんで、早よ返せっ」

「そない早う返しとうないがな」

「いったい、何に使うてん。何ぞ要ることあったんか」

私はおかしくなって、クスクス笑いながら、

「そらぁ、たのしいことに使いましたんや」

「そやろ。
どうもオカーチャン、遊びまくっとる思た。
銀行から借りて遊び歩いてたんか。
サラ金には手ぇ出してへんやろな」

「サラ金は貸してくれはらへん」

「あったりまえじゃ!」

次男は怒鳴る。

「ともかく、すぐ返せっ。
ややこしことになっても、ワシ、知らんドッ」

「ま、これも先方様(さきさん)の思わくもあるこっちゃし、
いずれはお返しせな、いかんもの」

「トシヨリ、一人で居らしたら、ロクなことにならへん、
といつも西宮に言うとんのに・・・
いったい何ぼ借りたんじゃっ」

「ぜ~んぶや」

「え~~っ!」

私は息子ごときに自分の財産を任せてたまるかという気がある。
自分のものは自分で守る。女とトシヨリは金が要るもの。

何のために?
プライドと自立を守るためである。

八十になって、息子にああせい、こうせいと、
指図を受けなくて済むように生きるためである。

女は幼くして親に従い、嫁しては夫に従い、老いては子に従うべし、
という、女三従の教えなど、くそくらえ!である。

それは女の手から財産とプライドを奪おうという男の陰謀であろう。
財産を取り上げるには、情報を与えない。
プライドを取り上げるには、社会的圧力を加えること。

男たちはこれに成功してきた。

しかし、いま、女にも情報は手に入る。
社会の圧力が(何ぼのもんじゃい)という女も多くなった。

よって私は自分の財産を自分で握っているのである。
夫の死んだ時点で、遺産分けはしている。

私に与えられた遺産は、なしくずしに会社の用に立ててしまった。
いま、私の握っているのは、自分の才覚で積み立てたもの。

(私ゃ、死ぬまでに使いきれなかったら、
母子所帯に寄付すると、決めているんやからねっ!)

胸の内で息子に言う。

女手一つで生計をたて、子育てしている世間の女たちに、
公的援助は少ない。その万分の一の足しにも、と思うのである。






          



(次回へ)


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