・『平家物語』が平家のサムライのことを書いているのだから、
『源氏物語』は源氏の武士の話であろうと思っていた、
という人もある。
しかし私は『源氏物語』に劣らず、
『平家物語』も好きだ。
「山々の姿も平家物語」(岸本水府)
この川柳のように京の山々は、
大原御幸をはじめ『平家物語』にゆかり深い。
美しき滅びの詩『平家物語』もまた、
日本民族の大きい遺産である。
登場人物の月旦も楽しいが、
私の好きなのは木曽義仲と今井四郎兼平である。
二人は乳兄弟で、
同じ乳を飲んで大きくなった幼馴染、
兄弟で主従であり、その友情は堅い。
義仲は平家を敗って都へ入り、
一時は旭将軍とうたわれたが、
時、利あらず、今度は同じ源氏の頼朝に追われる。
討たれ討たれて粟津ではすでに主従五騎となる。
その中にまだ巴はいた。
義仲の愛妻である。
美人だが剛勇で聞こえた女。
巴は義仲と共に死ぬつもりであったが、
義仲は最期のときに女と一緒だった、
といわれたくない。
お前は落ちのびて生きろ、と去らせる。
泣く泣く巴は鎧をぬいで(非戦闘員になること)
落ちてゆく。
主従二騎となった。
かねて生死の契り深き、男同士二人。
女がいては言えなかった弱音を、義仲は吐く。
ここは木曽弁ではなく、
大阪弁のほうが、悲哀を伝えやすいだろう。
<鎧が重となった。
・・・日ごろは何とも思わへん鎧が、四郎>
<なにいうてはりまんねん!>
と声を励ます四郎。
<しっかりしとくなはれ、大将。
体も疲れてはらへん、馬もまだ弱っとらへんのに、
それをなんで鎧が重たいと。
ははあ、従う軍勢ないよって、気ぃ弱らはったんやな。
この四郎一人おれば、味方、千騎おると思とくなはれ。
ここに矢、七、八本、残っとりまっしょってな、
これで防ぎ矢しま。
その間にあこに見える粟津の松原で自害しとくなはれ>
<イヤじゃ、ワイはお前と討ち死にしたい>
<大将はもう、よう戦いはりました、充分や。
弓矢取りは最期が大事だす。
ワシが敵を防ぎま。
最後のバトルでおます>
八本の矢でたちまち八騎倒した、という。
それから四郎は敵陣へかけ入り当たるを幸い、なぎ倒す。
そのうち、義仲を討ったぞうという勝ち名乗りの聞き、
今は誰をかばおうとて戦うのやと、
<日本一の剛の者の死にざま、見さらせ!>
と太刀を口に含んで馬から飛び降りて、
首を貫いて死ぬ。
私は若い時にこの話を書き、
<男は共に生きる女を選び、
共に死ぬとき男を選ぶ>
と書いたが、このトシになってみると、
ナニ、男は<鎧が重たい>という弱音は女に吐けぬ、
見栄っ張り精神があるのだ。
弱音は男同士のもの。
しかし女には鎧が重たくなったといえる相手はいない。
男より女の方が凄絶で深刻であるゆえん。