・稲穂がそよいでなびく。
田植えのにぎわいはついこの間のことのように思えるのに。
「さても早いこと。
苗代の早苗があっという間に稲穂になる。
まるで外術(げじゅつ)を見るような・・・」
という人の声に、簀子縁にうち群れて、
そぞろ言に興じていた人々は笑った。
うらめずらしき秋の初風、という通り、
人々の衣の袖や裾を初秋の夕風は吹き返す。
「これ、めったなことで外術などと言うてはならぬ」
とたしなめたのは長押に腰かけた老人である。
この老人、日ごろは穏やかな人柄で、
若い者たちの話に口出しせず、
にこにこ笑っているばかりであったが、
いまは萎え烏帽子のあたまをふりたて、
柿色の小袴の膝を乗り出し、
「外術、外道などというものは、
まともな人間の口にしてもならぬこと」
「でも、お寺の法会や市の賑わいに人の出盛るときは、
よくやっていますよ。
板片を大鯉にしたり、穿いている足半を犬ころにしたり・・・」
と若者が言う。
「そんなめくらましをもてはやすものではない。
若い時は心を奪われるものじゃが、
人をたぶらかすのは狐狸にひとしい。
わしがこういうのは、昔、わが身に覚えがあるからのこと」
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・十五、六のころであったわ。
大和の国に住んでいたわしは、
使われておったお館(やかた)さまのおいいつけで、
瓜を京へ運ぶ荷役に従うた。
大和瓜というて、みごとな美味い瓜が大和の名物よ。
何十頭の馬に瓜の籠を負わせ、
男たちは奈良の里から京へさしてのぼった。
京へあとひといきという宇治の北あたりに来て、
一服しようということになった。
頃は秋の初めというても残暑がきつうて、
馬も人も汗しとどよ。
木陰にとどまり男たちは坐り込み、
瓜の籠を馬から下ろして、馬も休ませてやる。
涼しい風にほっとひと息して、
我らは積み荷とは別に自分用に持ってきた瓜を取り出して、
皆で切り分け、食ろうておった。
水気たっぷりで、それが甘い。
干天に乾いた咽喉にはこたえられぬ旨さよ。
そこへこの辺りに住んでいるらしい爺さんが来てな。
みればよぼよぼの年寄り、かがまった背に杖をついて、
帷子(かたびら)に平足駄という身なり、
力よわげに扇子を使いながら、
瓜を食う我らを眺めていた。
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・そのうち、たまりかねたかして、
「のう、その瓜を一切れ、わしにも下さらんかの。
咽喉がかわいてたまらんのでな」
というではないか。
すると荷駄の宰領の男が答えた。
「爺さん、悪いな、この瓜はおれたちのものじゃないんだよ。
可哀そうだが、こりゃご主人さまが京のさるところへ、
差し上げるものなんで、お前にやるわけにはいかないよ」
爺さんはそれを聞くと薄笑いを浮かべて、
「お前さんらは情け知らずの人たちじゃの。
こんな年寄りに憐れみをかけるもんだのに、
瓜の一切れも恵む気はないらしいの。
よしよし、くれぬとあれば、
この爺さんは自分で作って食べましょうかいの」
みなみな、それを聞くと、冗談だと笑ったものよ。
ところが爺さんは不思議なことをはじめた。
そばにあった木切れを拾うて、あたりの地面を掘り返す。
さて、男どもの食い散らした瓜の種を拾い集め、
ならした地面に植えるではないか。
何をするのだろうと我らの見守るうちに、
あれあれという間もなく、種から二つ葉が生い出て、
みるみる大きくなってあたり一面瓜畠になってしもうた。
我らは目を丸くして驚くばかり。
その間にも瓜はどんどん繁って花が咲き実が成った。
その実がまたたくうちに大きくなり、
美事な瓜が熟したときは、我らは無論、
いつの間にやら集まった近在の見物たちも、思わず、
「お~~っ!」
とどよめいたものよ。
爺さんはまず瓜をちぎって食い、
「むむ、これはよう熟れて美味い。
お前さんらがくれなんだ瓜は、
こうやってわしが作って食うのじゃわ」
我らは口も利けぬ。
この爺さんは神か天狗か、
と怖じ恐れるのを見抜いたように、爺さんはにっこり笑い、
「わしは神でも天狗でもないわい。
それ、その証拠にこの瓜を食うてみるがよい、美味かろう。
おお、そこの人たちも、みなあがりなされ。
道行くお方も、遠慮せずに、さあさあ」
爺さんはそういって我らをはじめ、
見物人にも旅人にも振る舞う。
この瓜の美味いこと、大和瓜にも負けず劣らず。
みな喜んで食らいついた。
さしものたくさん成った瓜も食べ尽くしたと見るや、
爺さんは微笑んで、
「さあ、満腹、満腹、わしも行くとするか」
と姿を消した。
(次回へ)