・浮舟の隠れ住む、
三條の仮住まいの宿では、
日々所在なかった
手入れの行き届かぬ庭の繁みも、
うっとうしい
邸の警護に出入りする者たちの、
東国なまりも浮舟には、
物憂い思いだった
邸はまだ完成しておらず、
粗々として、
異母姉の中の君のことが、
恋しかった。
それにつれて、
ご無体なお振る舞いをなさった、
宮のことも思い出される
しかし世間知らずの浮舟には、
その時の動転ぶり、
怖ろしかったことも、
忘れがたい
母の北の方からは、
やさしい手紙が来た
「さぞかし所在なく、
落ち着かぬ気持ちで、
いることでしょう
もうしばらく辛抱してね」
浮舟は返事を書いた。
「所在なくはありません
気楽ですもの
<ひたぶるに
うれしからまし世の中に
あらぬところと
思はまししかば>
(ここが現世ならぬ、
別世界だとしたら、
どんなに嬉しいことでしょう)」
母北の方は、
幼げな詠みくちの歌を見て、
涙をこぼした
浮舟をあてどなく、
さまよわせる運命が悲しくて、
「<憂き世にはあらぬところを
求めても
君がさかりを見るよしもがな>
(この世以外のところを、
求めても、あなたが幸せになって、
栄えていくのを見たいものです
あなたの幸せのためには、
母はどんなことでもしてあげます)」
母娘の情を交わして、
慰めあうのだった
薫のほうは、
秋もふけゆくままに、
例の通り宇治へ出かけた
秋は亡き大君を、
思い出させる
それにかねて造営しつつあった、
宇治の御堂も完成したというので、
出かけたのであった
解体した寝殿が、
たいそう明るく造られていた
昔、亡き八の宮は、
ここで質素に仏道修行者らしく、
お住まいになっていられた
宮も恋しく思い出され、
(こんなに模様替えしてしまっては、
昔の思い出をしのぶこともできない)
といつもより、
物思いに沈んでしまった
八の宮のご生前は、
宮のお居間は修行者らしく、
尊げな感じにしつらわれ、
もう片方は姫君たちのお居間とて、
女らしく飾られ、
別々のおもむきだった
この度は、
風情ない実用向きの調度は、
御堂の僧坊で使うようにし、
新築の寝殿には、
山荘にふさわしい調度を、
新調した
簡略でもなく、
小ざっぱりと奥ゆかしくととのえた
弁の尼のところへ立ち寄ると、
尼ははや泣き顔である
薫は長押に腰を下ろし、
簾を引きあげて話す
弁は几帳のかげにいた
「例の、浮舟といったひとは、
匂宮のお邸にいるようだね
私も動けなくて、
便りもしないでいるのだが、
やはりあなたから伝えて頂くほうが、
無難と思って」
薫はいった
「そういえば、
先日母親から手紙が参りまして」
弁は答えた
「物忌の方違えをするといって、
あちこち移転しておいでのようで、
ございます
『近ごろは粗末な小家に、
隠れ住んでいるのが可哀そうで、
そちらがも少し近ければ、
連れていってお預けできれば、
安心なのですが、
険しい山道ゆえ、
決心もつきかねて…』
と書いてございました」
「それではその、
隠れ家へ連絡してくれないか
尼君ご自身がそこへ出向かれる、
予定はないのですか」
「仰せごとをお伝えするのは、
たやすうございますが、
私自身が京へ出ますのはおっくうで、
二條院の中の君さまのもとへも、
ようお伺いせずおります」
「そう言わずに、
よい機会だから行ってくれないか、
頼むよ」
薫は強引に弁を説き伏せ、
「明後日ごろ、
車をさしむけよう
その仮住居の場所を、
探しておいてください」
いったいどういうおつもりだろう?
弁は気が重いが、
薫の軽薄ではない、
性質を知っているので、
ご自身の名に傷がつくようなことは、
なさらないはず、
と思った
「それでは、
お引き受けいたしましょう
お邸の近くなんでございます
先にお手紙など、
お遣わしになって下さい
でなければ、
私が差し出がましく、
思われますのも・・・
気がひけまして」
「手紙を遣るのは何でもないが、
世間の口はうるさいから
右大将は常陸介風情の娘に、
言い寄っているそうな、
などというだろう」
暗くなってきたので、
薫は帰った。
美しい草花や紅葉など折らせ、
新妻である女二の宮に、
お土産としてさしあげる
薫は宮を大切にしているが、
あまり打ち解けて親しんでいない
父帝からは、
薫の母宮(女三の宮)に、
(よろしく)と頼んでいられる
帝と母宮はご兄妹の仲、
どちらも大切にかしずかれる、
新妻の宮に薫は妻というより、
高貴な方にお仕えする思いで、
気骨が折れることであった
(次回へ)