むかし・あけぼの

田辺聖子さん訳の、
「むかし・あけぼの」
~小説枕草子~
(1986年初版)角川文庫

「18」 ④

2024年11月20日 08時49分12秒 | 「むかし・あけぼの」  田辺聖子訳










・数日後、
夜遅く門を叩く者がある

無礼といっていいほど、
荒々しい

小さい邸なのに、
何だってまあ、
誰だろうと思った

舎人の男が、
起きだしていく

門のところで声がする

その話し声も深夜の訪問、
というのに配慮を欠いている

そういう礼儀知らずの、
使者をよこすあるじの顔を見たい
と私は怒りの虫がおきだしてくる

「滝口のお侍でしたよ」

小雪が手紙を持ってきた

則光からである

「宰相の中将の斉信さまが、
内裏に宿直していられてね、
これが、
妹のありかをいえ、
ときびしいお催促で、
おれは大弱りだよ
とても隠しおおせないよ
教えてもいいか
おれはもう、
ごまかしきれない
お前の言う通りにする
返事をくれ」

というものだった

斉信卿が来られたら、
すぐほかの男も訪れるように、
なってしまう

そんなことになれば、
左大臣派(道長公)が、
どうのこうのと、
うるさい取沙汰をされるのは、
目に見えている

私は返事を書かなかった

その次、
則光が来たときとき、
いたく不機嫌だった

「お前はおれのいうことに、
そうねえ、
といったことがあるか
反省したことがあるか」

よほど虫のいどころが悪いのか、
私に大声を浴びせる

狭い邸なので、
でも、
私はだまっていられなかった

「なんで反省なんか、
する必要があるの、
あたしはあんたの妻でも、
何でもないんだから
あんたをここへ来させるのは、
あたしの好意からなのよ、
ここを借りているのもあたし、
三条の邸もあたしのもの
あんたはお客にすぎないのよ
そこのところを忘れないでよ
なんであたしに指図をするの」

則光は身支度をして、
出て行こうとする

「もうたくさんだ
もうお前の生意気さに、
飽き飽きした
よし、客は退散する
二度と来ない」

なんでこんなことになったのか
へんな具合に展開してしまった

やたら怒鳴れば、
女は怖がって屈服する、
と思っている

私は則光に腹を立てた

則光が、

「二度と来ない」

などと毒づいたこの邸、
急に興ざて私もいやになった

「結構よ、
あたしもここを引き払って、
三条へ帰るわ
あたしもそろそろ、
中宮さまからご催促を、
頂いているんだから、
もう、出なくちゃ」

則光は答えないで、
大声で従者を呼ぶ

「馬をひいて来い
ぐずぐずするな、
出るぞ!」

と従者を叱りつけ、
門を開けさせ、
疾風のように去っていった

私は顔色も白む思いでいる
なんであんなに怒り狂うのやら

「ふん、勝手にするがいいわ・・・」

私は毒づいてみたが、
声に力がなかった

則光が、
二度と来ないといったことに、
妙にこだわっている

まさかあいつが、
ほんとに私と会わなくなる、
とは思えない

則光め、
何やかやいいながら、
私と気が合うらしい

私の邸へ来て、
私としゃべり、
私にやりこめられて、
にやにやしていたではないか

私といるときが、
いちばんくつろぐ、
という顔でいたではないか

則光は私の邸へ来ると、
当然のように、
食事をしたり、
私を抱いたりする

それは彼の当然の権利ではなく、
私の好意からなのだ、
とわからせようとしても、
彼は、

「まあ、まあ」

と図々しくなだめて、
私を黙らせ勝手知った風に、
心安げに私を扱う

つい妥協しているうちに、
私も心の均衡を取り戻して、
精神が安まる

でも、それは、
則光を愛しているからではない

馴れからくる安心感、
それに則光に施しをして、
やっているような優越と満足感、
そういうものだと思っていた

それだから、
則光がもう来ない、
といったって、
どうということはないはずなのに、
私はなぜか心弾まなかった

面白くなく、
うつうつと楽しまない思いで、
横になったが眠れない

次第に則光に腹が立ってくる

(あのバカ、
本気で怒ることないじゃないの
あんなバカは私に対して、
いつも顔色をうかがって、
いるべきなのだ
私のほうがあいつの顔色を、
見ることはないのだわ)

急に、
この隠れ家にいるのも、
つまらなくなり、
私は夜が明けるとすぐ、
この邸を引き払うことにした






          


(了)

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