「姥ざかり」

田辺聖子著
昭和56年新潮社刊より

「わたしの震災記」 ③

2023年01月14日 08時51分49秒 | 「ナンギやけれど」   田辺聖子作










・地震前夜の、一月十六日は講演会で話したように、
うちうちの者が十人あまり、老母を囲んで、
「つかしん」の吉田山荘の二階で会食した。

月半ばは私の仕事は忙しい。

しかし九十の老母は身内の者が集まる、
ということに大きい人生意義を認めているらしいので、
昔はともかく、いまはそんな機会があると、
私も出席せずにはおられない。

若いときは親類の寄り合いにも、
大人が勝手に集まればいいじゃん、
と他人事のように思っていたが、
知らぬ間にこちらが大人の域に入ってしまったので、
逃れるすべもなく顔を出させられるのである。

ついでに費用も負担させられるが、
これも順送りであろう。

しかしまあ、身内なので気が楽なだけが取り柄の座、
私もゆっくり飲み、
本当は十六日の夜は徹夜に決まっているのだが、
まあ、いいや、と眠り込んでしまった。

たいてい徹夜で書いて十七日早暁ファックスに叩きこむ、
というのが私の月例の営為である。

私はお酒を頂くと気が大きくなっていけない。
怠け心も手伝って、仕事部屋のドアを開けず、
ベッドルームのドアを開けて眠ってしまった。

未明の激震で目がさめた。

いや、
<地震やっ>という夫の声に目がさめたのか。

それでも寝ぼけあたまの私は、
この現象が地震だと気づくまでに、ややあった。

たいてい、そのへんでもう地震はおさまっているのだ。

ところがいつまでも揺れはとまらない。
そのうち思い切って強いのがど~んと来た。

(こんなアホな・・・
じょ、冗談やない。うそっ!)

といいたくなる。

強烈な揺さぶりで、
フライパンで煎られる豆のように、
体は弾けてとびあがった。

(うそ、うそよね、これって・・・何)

という感じである。

寝室の床は板張りでむき出しだから、
あとで見るとベッドのヘッドボードを、
壁にくっつけてあったのに、
二十cmばかりも滑走していた。

私はともかく、大の男を乗せたままのベッドも、
ず、ず~っと動いていたのだ。

夫も私も、むろんそんなことは、
その時点ではわからない。

寝室には洋服ダンスも本棚もないが、
ただ低い小ダンスにテレビを二台,乗せていた。

それが軽々と隅っこまで走っていた。

ずっど~んと縦揺れ、
ついでげぼ~っという感じの横揺れ、
二、三分も揺れたような気がしたのに、
二十二、三秒だとあとでわかった。

とにかく真の闇である。

戸外に近い屋内にいた人、
または散歩、ジョギングなどですでに戸外にいた人は、
揺れる前に地鳴りを聞いたという。

それはトラックの震動のような、
津波のような音だったという。

その人に津波の音を聞いたことがあるのかというと、
聞いたことはないけれども、
もしあるとすれば、あんな音だったに違いない、
と断言した。

どこから聞こえてくるかもわからぬ、
不気味な、大地の呻吟のような音。

強いて表現すれば、
<うががおおん・・・うががおおん・・・>
というよな音だったよし、
この人は兵庫区水木通りに近いところの人で、
ここの大開通りの下の地下鉄大開駅は、
天井が陥没したところである。

私の寝室は奥まったところにあるので、
地鳴りは聞こえなかったが、
ともかくただごとではないと直感する。

停電にそなえて懐中電灯をさがすが、
定位置にあるものはすべて落ち、
心おぼえの引き出しをあけても、
出てくるのは電池切れ、
自慢にならないずぼらである。

トイレに備えておいたロウソクをやっと見つけた。

時計は六時前、
不器用な夫にうろうろされて怪我でもされると、
かなわないと思ったので、

<服を着替えてこの部屋でじっとしてて>といった。

揺り返しの余震が恐ろしい。

とりあえず、何が落ちているかわからないので、
スリッパをはき、部屋着をひっかけ、
ロウソクをかかげてたしかめてみる。

真っ暗だし、あたりはし~んとして、
死の世界のようだった。

話し声も悲鳴も物音も絶えてない。
数時間前に別れた母のことだけが心配だった。

気丈な母はマンションに一人暮らしなので。
それでもあんなスケールの大きな地震だとは思わず、
(さぞびっくりしただろうな)ぐらいの気持ちだった。

仕事部屋をまず覗いて驚く。

書架は二つ、それに本箱、
資料戸棚ことごとくうつぶせに倒れ、
私の机は書架のかげで見えなくなっているではないか。

私は机を三つ並べている。
坐り机の大きいものと小さいもの、それに立ち机だが、
十六日の夜は大きい坐り机にいることに決まっている。

その上に書架や本が倒れこんでいるのだった。
室内は本と資料の書類、ガラス片で足の踏み場もない。

坐椅子の背もたれは私の座高より高いが、
書架に叩きつけられ、机にめりこんでいた。

もし私が坐椅子に坐っていれば、
胸なり腹なりを圧迫されるか、
散乱する本に頭を打たれていたかもしれない。

が、そのときはショックで鈍っていて、
べつに怖くなかった。

これだけ落花狼藉になっていれば、
さぞ騒々しい物音がしたろうに何も聞こえなかったなあ、
と妙なことに感心していた。






          


(次回へ)

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