・宇治へのお供には、
宇治の様子をよく知っている者数人、
これはかつて宮が、
中の君のもとへ通われた時の従者
それに大内記、
気心の知れた者ばかり、
宮は選ばれた
宮は昔のことを、
お思い出しにならずには、
いられない
あの時薫は、
自分と中の君のことで、
骨を折ってくれた
宮のお心にも道義心はあり、
良心の疼きもないではない
その上、
京のうちでさえ、
忍び歩きなどお出来になれぬ身、
なのにみすぼらしいお姿で、
お馬で行かれるお気持ち、
恐ろしくもやましく、
うしろめたくもある
しかし宮の好奇心、
好色心はそれを上回っていた
この馬は法性寺から、
お乗りになったもので、
それまで都の内はお車だった
道を急いで、
宵を過ぎるころ、
山荘に着かれた
大内記は山荘の勝手を知る、
薫の従者に聞いていたので、
葦垣をめぐらした西側に廻り、
垣を少し壊して入った
人は少ないようだし、
寝殿の南面に灯がほの暗く見え、
女たちの衣ずれの音がする
宮のお側へ戻って、
「まだ家の者は、
起きているようでございます
ここからお入り下さい」
と垣の崩れから、
宮を案内して入る
節穴からのぞかれると、
几帳も押しやられているので、
室内はよく見えた
この寝殿は、
新しく造られているが、
やはり山荘風に粗々として、
すき間や穴を塞いでいない
灯のもとに女房が三、四人、
女童の可愛いのがいる
(お、あの二條院で見た子だ)
宮は信じられない
(謎の美女とめぐり会ったとき、
確かに見た子だと思うが、
お、あの女房にも、
見覚えがある)
たしか右近と呼ばれた女房だった、
と宮はお気付きになる
女あるじは、
腕を枕にして臥していた
中の君によく似ている
右近が着物を縫う、
布に折り目をつけながら、
いっている
「殿(薫)は、
この司召の頃を過ぎて、
来月初めにはきっと、
おいでになりましょうと、
昨日のお使者も申しておりました
お返事は何とお書きになりました」
浮舟は答えようともせず、
「殿がおいでになるという折も折、
逃げるみたいに、
お出かけになるのは、
よろしくございません」
すると向かいに坐った女房が、
「こういうわけで、
お出かけしましたと、
お手紙で申しあげたら、
いいでしょう
何のご挨拶もなしに、
お出かけになったりしては、
いけませんけれど、
ご参詣なさったあとは、
すぐこちらへお帰りなさいまし」
かと思うと、
また別の女房が、
「やはりもうしばらくは、
このままで殿のおいでを、
お待ちなさいますのが、
おだやかで角が立ちますまい
いずれ京へ、
お迎えなさいますでしょうから、
そしたらゆっくり母君とも、
お会いなさいませ
あの乳母どのがせっかちでいらして、
にわかに石山詣りを、
母君にお勧めなさったので、
ございましょう」
聞きにくいまで内輪の話を、
女たちは言い散らしたあげく、
一人がいった
「宮の上(中の君)こそ、
ご幸運な方です
右大臣(夕霧)さまが、
あれほどめでたいご威勢で、
宮さまを婿君として、
おもてなしなさって、
いらっしゃるけれど、
若君がお生まれ遊ばしてからは、
くらべものにならない、
お有様ですって」
また別の女房が、
「こちらさまだって、
殿がご誠実に愛して下さるなら、
宮の上には負けを取らず、
お幸せにおなりです」
宮の方は、
(一体、中の君と、
浮舟はどんな続き柄なのだろう?)
といぶかしんでおられる
(ほんとによく似ている)
すっかり浮舟の顔をご覧になり、
その美しさにお心を、
奪われなすった今は、
(どうしたらこのひとを、
わがものにすることができるだろう)
我を忘れて視線を、
お離しになることが出来ない
右近がいった
「眠いこと、
昨夜も夜明けまで、
起きてしまいました
明日朝早くに縫えばいいわ
京の母君が、
どんなにお急ぎになっても、
お迎えのお車は、
日が高くなってからでしょう」
それで女房たちは、
縫いさしのものを集めて、
几帳にうちかけ、
物によりかかって寝る
浮舟も奥まったところへ入って、
横になった
右近は浮舟の裾のほうに臥した
宮は決心なさる
手段はたった一つ
忍びやかに格子を叩かれる
右近が聞きつけ、
「どなた?」
といった
宮は咳払いなさる
高貴な人のそれと聞いて、
殿がおいでになったのかしら、
と起きだした右近に、
宮はお声を変えられて、
「ともかく格子を開けよ」
「ま、思いがけないお渡りで」
右近はいぶかしんで、
「こんな時間に、
夜もたいそう更けたようで、
ございますのに・・・」
宮が忍んだ低いお声なので、
右近は宮とは思いもせず、
すっかり薫と信じ込んで、
格子の懸金を外して開け放つ
(次回へ)