(紅葉の写真はコロナ前、出かけた京都、西山、光明寺のものです)
・私の書道教室へ来るオールドレディも、わりとおしゃれである。
なかでも長谷川夫人など、かなりのアクセサリー好きである。
夫人はカラオケ好きで、
「人さまの前に出ますから、あのマイク持つ手も注目されますでしょ。
指輪も大きめのものに・・・」
書道とカラオケ、というのが夫人の趣味だという。
二人の息子さんは独立し、
夫の長谷川氏は、脳溢血の後遺症で体の自由がきかず、
自宅で寝たきり、夫人を外出させてくれないのだが、
拝み倒して出てくるそうだ。
夫人は巨躯をゆすって笑う。
「口うるさい人ですから、
カラオケが私にはストレス発散になりますわ」
夫人は洋裁が出来るので、服はみな自分で縫う。
夫人に合う服が売られているとは信じがたい。
着物ならなんとかなりそうであるが。
つまり、首から下へ貫頭衣のような四季同じスタイルである。
足はかいもく見えない。
夫人みずから「落下傘みたいでしょ」と笑っている。
明るい人なのである。
服がシンプルなので、
アクセサリーはユニークに、ということらしい。
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・歌を聞かせて、と頼むと、
長谷川夫人はころころ笑い、そのうちお聞かせしますわ、と言う。
この前、書道教室が終って、
みんなでカラオケボックスへ行きません?と長谷川夫人を誘った。
教室が終って、お茶を飲んだり遊びに行ったり、が出来るのは、
一人暮らしの未亡人か、もともと一人で生きてきた人たちである。
ご主人の居る人たちは怖いもののように帰って行く。
子供一家と住んでいる未亡人も、たいてい嫁が仕事を持っている。
家事があるので急いで帰って行く。
一人暮らしは何と、のんきなものであろう、
とつくづく思わさられるのは、こういうとき。
あれせい、これせい、と親に、つづいて夫に指図されつづけ、
子供にも、あれやって、これやって、と追い回され、
やっと一人になれた。
「皆さん、およろしいわねえ、お独り身で。
手のかかる主人を持っていますと、もう大変よ。
時たま、カラオケで歌わなきゃ、やりきれませんわ」
長谷川夫人は、落下傘スタイルのドレスをひらひらさせながら、
駅裏のカラオケボックスへ案内する。
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・それで、私は脇田ツネさんを思い出した。
一時は離婚まで決心した人であるが、
書道を続ける条件でご主人が折れたので、
また元へ戻ったのである。
しばらくは教室へ通っていたが、
書道展の前から、ぱったりと顔を見せなくなり、
しばらくして手紙が来た。
主人が脳溢血で寝たきりになった、とのこと。
ともかく、長谷川夫人もツネさんと同じく、
寝たきりの夫に尽くしているらしい。
長谷川夫人はマイクを握ると、とみに顔つきが変わった。
川中美幸の歌だというが、私は聞いたことがなかった。
「ふたり酒」というのである。
私はこの手の歌はあんまり好きではないのであったが、
しかし今は、長谷川夫人の一心不乱ぶりに、
拍手しないではいられなかった。
歌の中身は長谷川夫人の、あらまほしい夫婦像かと思うと、
しんみりとさせられる。
もう少しすると、恒例の歳末市民カラオケ大会があるので、
長谷川さんはそこへ出るのをたのしみにしている。
私たちは長谷川さんを応援に行くことに決めた。
あれから二ヵ月、
長谷川さんの「ふたり酒」はいよいよ磨きがかかり、
カラオケ大会は目前に迫っている。
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・アンティークのペンダントをシルバークロスで磨きつつ、
私は、西洋骨董の面白さに開眼した。
白帳貝のまわりがかなりすっきり輝いた。
西洋七宝の黄金色の枠も美しく光ってきた。
老いた手に握りしめる美しい古い品ものの好もしさ。
一日、一日面白いことがある。
元気で生きていかな、あかんなあ、と思ったとたん電話。
思いもよらぬ男の声である。
「脇田と申します」
ツネさんの息子であった。
「母が亡くなりました。
葬式は一昨日で・・・心不全でした。
葬式は京都でやりましたので、お知らせが行き届きませんで。
生前はお世話になってありがとうございました」
落ち着いた中年男であった。
私は声も出ない。
(次回へ)