むかし・あけぼの

田辺聖子さん訳の、
「むかし・あけぼの」
~小説枕草子~
(1986年初版)角川文庫

23、女性的なるもの

2022年06月07日 08時19分13秒 | 田辺聖子・エッセー集










・三島事件について書かれたものを読むと、
たいてい男性の意見ばかりで、
マスコミはどうして女性の意見をのせないのであろうか。

「女はのせない三島事件」であるが、
かの古武士的死にざまからすると、さもあらん。

私は日本の右翼について体系的な知識はないけれど、
直感でいうと、非常に大人ではない。

それは子供っぽいということではない。
何か手落ちの、半人前の大人という感じである。

何となれば、
彼らは女性に関して無智無理解だからである。

彼らの思想・主義には女性的なものが何もない。
女性的部分のない思想・主義は偏頗な未完成のものである。

女性的部分を抜きにして構築する世界観は必ず、
崩壊する。

女性的部分とは、
てっとり早くいうと、
たとえば民主主義みたいなものだ。

我々は今や少々これにも飽き飽きしているが、
さりとて他に代わるべきものがない以上、
ないよりましである。

三島さんは女性を美しく書いた。
三島さんの小説の中の女性はほんとに「永遠の女性」だった。

どの小説のだれが、ということなく、
私は三島さんの小説が好きだったのは、
美しい女性にめぐりあえるからだった。

女の美しさ(抽象的な意味で)を知る人が、
ああいった古典的右翼として死んだことを私は、
一ばん奇異に感じた。

右翼的思想と女とは最も結びつかないのに。

「天皇陛下万歳」という、
あれも最も女性的ならざる言葉であり、
両手をあげて万歳する、あのスタイルも、
もう全く反女性的なものだ。

たとえば赤い中国、
左翼のイメージが女と結びつきやすいのは、
これは根拠があり、一ばん卑近な例でいうと、
たとえば毛さんが演説すると拍手をする。

拍手はたいへん女性的である。

女は両手を上へあげると、
たいへんな不安感に襲われる。
急所ががら空きになるからだ。

拍手は反対に腕でかばうようになるから、
女性は万歳より拍手を好む。

三島さんは日本のよさ、
美しさが失われてゆくのを惜しんだ。
これは誰も心あるものは憂えている。

しかしその軸に「天皇陛下」を持ちだすと、
卒然として妖気をはらんだ暗雲が低迷してくる。

「天皇陛下」というイメージには、
「女」の入り込む余地が全くない。

介錯を女がするはずないのと同じく、
また誰も「皇后陛下万歳」と叫んで、
死ぬものはないのと同じく。

あらゆるものに、
女のイメージがあり女臭紛々とし、
女の影が射すようでないと、
それは必ず破綻をきたす。

ウーマンパワーがどうこうというのではなく、
バランスの問題である。

世界は男臭紛々、
女臭紛々の調和の上に成り立っているのだ。

私は三島さんという人は、
本質的に女嫌いなのではないかと思い至った。

してみると三島さんの小説にある、
「女の美しさ」のエッセンスは、
彼の実感論ではなく、
ゆたかな才藻の所産であり、
はかない紙上の幻影であったのだ。

たとえば楯の会の、りりしい制服、
粒のそろった美青年たち、
ああいう趣味も男のものである。

あの美意識は女性的じゃないか、
という人もあるが、
真の女性的というのは、
下駄ばき、ジャンパーなどちぐはぐに並んでいたり、
また美青年ばかりじゃなく、
矮小な男、容貌魁偉なども集める、
そういう破調を抱合した、
大きい調和の意味を持っているのだ。

しかし何といっても、
我々、昭和初期、大正末年生まれの人間にとっては、
三島さんは心痛む死に方をした。

いまの若い者を相手にしていると、
憤激のあまり腹かき切って私だって死にたくなる。

戦中派の清廉潔白なハラワタを見せてやりたい。
しかし切らないのは、そうはいいつつ、
昔とくらべ今の若い者のいいところをさがしてしまう。

そのバランスが「女性的なるもの」なのである。

三島さんが「天皇陛下万歳、武士道、サムライ」と突っ走ると、
いかにその死に方に心痛んでも、
目引き袖引き足踏みしてついていけなくなる。

その平衡感覚が女性的なるものである。

あるいは女性的なるものとは、
大衆の生活実感といってよい。

日常卑俗の生に心奪われている状態である。

そればかりでは文化は向上しないが、
見失っては文化は崩壊する。

女性的なるものはカッコ悪く、
三島さんが採らざる所以である。






          

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