2022/11/03 更新
たきぎ【薪】
萩原義雄識
源順編『倭名類聚抄』に
廿卷本『倭名類聚抄』
6887薪(タキヽ) 纂要云火木曰薪[音新和名多岐々]〔巻十二・燈火部第19燈火具第157・13丁表2行目〕
十卷本『倭名類聚抄』
1217薪(タキヽ) 纂要云火木曰薪[音新 多歧〻]〔卷四・燈火部・灯火類〕
※両系統の相異箇所は「和名」の語を補入するか削除するかの僅かな異なりのみとなっている。
【訓み下し】
薪 『纂要』に云はく、「火木」を「薪〈音は新、[和名]多岐ゝ(たきき)〉」と曰ふといふ。
此を承けて、
三巻本『色葉字類抄』他部〔前田本欠、黒川本所載〕
薪(シン) タキ〻 樵 同 〔中卷雑物門五オ8〕
※黒川本には、差声点が未記載のため、当該語が『字類抄』に収載されていたことのみを知るに止まる。
観智院本『類聚名義抄』
薪 音新[上] タキヽ 𣃄 俗 〔僧上三五1〕
※【𣃄】は「薪」字の「意符書換字」。
とし、和訓「タキヽ」で第三拍の差声点は未記載とする。
小学館『日国』第二版にあっては、見出し語を現代のよみで「たきぎ」を示し、表記漢字は、単漢字「薪」と複合熟字「焚木」の二種をあげ、意味㈠の用例を『日本書紀』応神三一年八月(北野本訓)を初出例にして、『正倉院文書』、十卷本『倭名類聚抄』、『色葉字類抄』をすべて「たきき」と清音表記で挙げ、鎌倉時代の軍記物語『平家物語』卷六・紅葉で「薪(タキギ)」と意味㈣「たきぎ(薪)の行道(ぎょうどう)」に同じ。」の用例『梁塵秘抄』〔一一七九(治承三)年頃〕卷二・二句神歌の濁音用例を示す。そして当該語における第三拍「き」清音から「ぎ」濁音への変遷経緯については【語誌】としての記載はない。なので、上記語用例を鑑みて、院政時代の今様『梁塵秘抄』〔一一七九(治承三)年頃〕には濁音化が検証確認されるということになろうか。
茲で、小学館『日国』第二版に於ける所載用例『和名抄』と『色葉字類抄』との狹間に位置する当該語「たきき【薪】」字の語用例を再検証しておくことも重要となるので稽査しておく。
『古今和歌集』〔嘉禄二年写本・冷泉家時雨亭叢書2・一九九四(平成六)年十二月刊、朝日新聞社刊)〕仮名序に、
大伴黒主はその様卑し、いはば薪負へる山人の花の蔭に休めるがごとし。〈思ひ出て恋しき時は初雁の鳴きて渡ると人は知らずや。鏡山いざ立ち寄りて見て行かむ年経ぬる身は老いやしぬると〉。
此の同じ箇所を『古今和歌集真字解』〔明和壬辰刊、舊小汀文庫、渡邊千秋情觀舊蔵の架蔵本〕では、
大友(オホトモ)之(ノ)黑主(クロヌシ)者(ハ)其姿(ソノサマ)鄙(イヤシ)謂(イハヽ)樵木(タキヽ)負(オヘル)山人(ヤマヒト)之(ノ)花陰(ハナカケ)丹(ニ)息(ヤスメル)賀(カ)如志(コトシ)
としていて、「たきヽ」の標記字を「椎[樵]木」と記載する。此の標記字は、『色葉字類抄』の下位標記語に通じる。
室町時代の広本(=文明本)『節用集』に、
○薪(タキヾ)[平軽]シン〔た部草木門三三三頁1〕
とし、第三拍の踊り字は「ヾ」とし、濁音化表記としている。
《補助資料》
小学館『日本国語大辞典』第二版
たき-ぎ【薪・焚木】〔名〕(1)かまど、炉などに燃料としてたく細い枝や割木。たきもの。まき。*日本書紀〔七二〇(養老四)〕応神三一年八月(北野本訓)「有司(つかさつかさ)に令(のりこと)して、其(その)船(ふねの)材(き)を取(とて)薪(タキキ)と為(す)、塩(しほ)を焼(や)かしむ」*正倉院文書-天平一一年〔七三九〕八月二四日・〔写経司解〕(寧楽遺文)「薪廿六荷 価銭二百卅四文 荷別九文」*十巻本和名類聚抄〔九三四(承平四)頃〕四「薪 纂要云火木曰薪〈音新 多歧々〉」*色葉字類抄〔一一七七(治承元)~八一〕「薪 タキキ」*高野本平家物語〔一三C前〕六・紅葉「ちれる木葉をかきあつめて、〈略〉酒あたためてたべける薪(タキギ)にこそしてんげれ」(2)「たきぎのう(薪能)」の略。*申楽談儀〔一四三〇(永享二)〕薪の神事「たきぎの御神事は、昔は時節定まらず」*わらんべ草〔一六六〇(万治三)〕一「昔名人八郎殿、薪にて、小がうをめされんとて」*浮世草子・男色大鑑〔一六八七(貞享四)〕二・三「三之丞不思議なる事かなと、先二親に目見えして、薪(タキキ)見物いたし、只今罷帰ると申捨て」(3)仏の教え。*性霊集-一〇〔一〇七九(承暦三)〕故贈僧正勤操大徳影讚「爰有レ一伝二薪者一。法諱勤操。俗姓秦氏」(4)「たきぎ(薪)の行道(ぎょうどう)」に同じ。*梁塵秘抄〔一一七九(治承三)頃〕二・二句神歌「法華経のたきぎの上に降る雪は、摩訶曼陀羅の花とこそ見れ」【方言】(1)燃料。《たきぎ》三重県志摩郡585(2)(太い木を割った薪を「わるき」というのに対して)枝の部分を薪としたもの。《たきぎ》香川県829(3)炭火焼きに用いるたきつけの木。《たあぎ》島根県益田市725【発音】タキギ〈なまり〉タギー・タギニ・タギヌ・タジギ〔岩手〕タクン・タグン・タッゲン・タッムン・タッモン〔鹿児島方言〕タケゲ〔石川〕タケギ〔石川・佐賀・長崎〕〈標ア〉[0]〈ア史〉平安●●●か、室町来●●●〈京ア〉[0]【上代特殊仮名遣い】タキギ(※青色は甲類に属し、赤色は乙類に属する。)【辞書】和名・色葉・名義・和玉・文明・明応・天正・饅頭・易林・日葡・書言・ヘボン・言海【表記】【薪】和名・色葉・名義・和玉・文明・明応・天正・饅頭・易林・書言・言海【樵】色葉【燼】名義【𧂐】和玉【焼木】書言【薪木】ヘボン
通番延慶本『平家物語』エクセル版一文TXTた頁数項目語よみきぎ【薪】六語
2705 此の人々、露の命消えやらぬを惜しむべしとにはなけれども、朝な夕なを訪ふべき人一人も従ひ付かぬ身共なれば、いつならはねども、薪を拾はむとて山路に迷ふ時もあり、水を結ばむとて沢辺に疲るるをりもあり。
1355(七六オ)成経康頼俊寛薪等油黄嶋
5760 薪こるしづがねりそのみじかきがいふ言の葉の末のあはぬは 1743(四九オ)大政入道山門を語らふ事
6289 己れが好む物なれば、剣をも食ひける間、はてには薪の中に積み籠めて火をさしつつ焼くに、七日七夜燃えたり。1829(九二オ)法皇の御子の事
7321 春は霞に迷へども、峯に上りて薪をとり、夏は叢しげけれど、柴の枢に香を焼き、秋は紅葉に身をよせて、野分の風に袖をひるがへし、冬は蕭索たる寒谷に、月をやどせる水を結びなんどして、山臥、修行者の勤め苦(ねんご)ろなり。2041(二〇オ)文学が道念の由緒の事
9029 残れる枝散る木の葉かき集めて風すさまじかりける朝なれば、縫殿の陣にて酒を煖めてたべける薪にしてけり。2247(五オ)新院崩御の事
10335さるままには、人々の家は片端よりこぼちて市に出し、薪の為に売りけり。(七九ウ)合戦の事
※9029の箇所を文禄本『平家物語』では、「残レル枝散レル木葉ヲカキアツメテ風冷シキ朝ナレハ、縫殿ノ陣ニテ酒アタヽメテタヘケハ薪ニコソシタリケレ」〔卷六・七一三頁1〕