愛しのボニー

元保護犬
2020年9月21日没(推定10歳)
ラブラドール・レトリバーのボニーの思い出

無題

2023-04-05 17:43:34 | つぶやき

こんにちは

少し間が空いてしまいました

 

他の方のブログで季節の山菜や野菜を使った料理を拝見していると

自分のしていることが何だかとてもつまらなく思えてしまって(^-^;

書けなくなりました

 

買い物に出てそろそろ筍が出てる…とか山椒の木の芽とか

季節を感じるものはあるけれど見てるだけ~

筍を1本買っても使い切れないのはわかりきっていますから…

あれもこれも諦める

 

そう考えるとたとえ全く気が合わなくて喧嘩ばかりしている相手だとしても

居てくれるだけありがたいような気がする(笑)

 

◆ ◆ ◆

夫と付き合い始めて少し経ってから…というとわたしは高校生だったのだけれど

帰りに家まで送ってくれた

(「夫」というと変なので「彼」とします)

家は狭くごちゃごちゃしていて恥ずかしかったけれど

彼は躊躇なく母に挨拶し

家に上がって一緒にテレビなど見て「あっはは」と

豪快に笑っていたが

母は不躾に彼を上から下までジロジロと見ていた

 

そして彼が帰ると思った通りいろいろ言われたのだが…

まず、彼の服装や髪型が長髪で汚らしいと。

職業は何だ、収入は?

etc・・・

 

彼は地方から出てきて友人と2間のアパートでルームシェアしていた

ジーンズにサンダル履きで髪にはパーマをかけて

当時の若者はそんな感じだったのだが

そんなことは母にはわかるはずもなく

(ちなみに当時の「長髪」は今の長髪とは違って「短髪でない」というだけ)

わたしにすれば彼の気取らない服装や豪快な笑いに

むしろ育ちの良さを感じたのだけれども…

そう、むしろ母の態度がわたしには恥ずかしかったのだ…

 

彼が自由業(?)で月収や年収を聞かれてもわからない(だいいち、そんな付き合いしていない…)と言うと

「そんなのは仕事とは言わない無職と言うんだよ

「何かあればそんな仕事は立ちいかなくなるんだよ」

「必要なものは衣・食・住!そんなもの何の必要もない」

 

なんと母は文化的なもの

例えば音楽とか美術とか芸術とか演劇とかそういったものを全く必要のないものと言って認めないのだった

 

「話せばわかる」

というけれど

それは似たような思考の人の間だけで通じる話であり

自分の考え及ばないところは全くわからないのである

結局どこまでも平行線で決して交わることのない人

 

・・・

それがわたしにとっては母だった