芳野星司 はじめはgoo!

童謡・唱歌や文学・歴史等の知られざる物語や逸話を写真付でエッセイ風に表現。

食育について

2016年02月20日 | コラム

 今から9年前の2006年6月20日に書いた一文を、またブログに掲載することにした。当時私は強くWTOを問題視していた。NHKのドキュメンタリー用に「WTOを知っていますか?」という企画書を書いたこともある。WTOという言葉はニュースに頻出していたが、その細かな内容や問題性、危険性が報道されることは皆無で、ほとんど知られていなかったのである。単なる世界的な貿易自由化の枠組み交渉…、程度だったのである。
 WTOは一頓挫し停滞したが、それに業を煮やした巨大グローバル企業は、当該政府にロビー活動を展開して圧力をかけ、WTOに代わって、2国間あるいは3カ国で、ほぼWTOと同じ内容の貿易協定FTAを結び、その協定数をさらに数カ国、十数カ国と増やしてネットワーク化していけば、WTOと同じ、巨大グローバル企業のみを利する新自由主義、自由市場原理至上主義の自由貿易協定ができるわけである。
 TPPは当初、弱小3、4カ国で進めようとしていた小さな貿易協定を、アメリカが乗っ取る形で参入したのである。そしてWTO的発想の太平洋の巨大な一ブロック経済圏協定としたのである。
 当時と全く同じで、TPPの問題点、危険性を細かく分析したり、報道することはほとんどなされていない。しかもTPPはWTOをより過激にしたものである。おそらく日本にとっては劇薬、毒薬に近い。清原が溺れた覚醒剤と等しく、一時的な高揚感はあるかも知れないが、やがて日本をボロボロにしてしまうだろう。本当にこのままでいいのだろうか? 
 さて、この一文は「食育」についてである。
 
                  

「21世紀新農政2006…」と題する、農水省官僚が書いた農政スキームをチャート化した文書を興味深く読んだ。世のジャーナリストはこれを「玉虫色」と評するのだろうが、内面の苦渋と外面の笑顔に満ちた「股裂き政策」であることは間違いない。批判はさておく。この文書は優れもので、最近読んだ活字の中では最も面白かった。

 この文書と併せて「食育基本法」なる法文を読んだ。これらは食育について企画を立てるための資料なのだが、思えば世の中は、「食育」なる概念あるいは定義を、セグメント化し矮小化しているようなのだ。
「食育」に関する専門家がいる。例えば医師や管理栄養士である。あるいは日本の食文化の研究家である。あるいは地産地消運動家である。あるいは食農産業クラスターの推進者である。
 しかし、ある一分野にセグメント化されたスペシャリストは、この世界の全体像を視界に入れて理解することに欠けているきらいがある。いわゆる専門家は、世界の全体像が把握できないのである。市場原理主義の経済学者や金融工学の専門家には、環境問題も農業問題も視野にはない。栄養学や有機農業の専門家にはWTOは視界にない。環境問題の専門家には国際競争力向上の施策や、子供の栄養バランスに関心がない。
 世の中には何事かにスペシャライズした人間を重んじる傾向がある。専門家を尊重することに関して、私は人後におちない。しかし専門家になる以前に、全体を視野に入れ、把握する能力を持ってから後、専門家となるべきだろう。
 実は「食育」とは、優れて世界を視野に入れた教育であって、ごく一分野の教育ではない。ましてや、農業全体を視野に入れることは大きすぎる問題なので、とりあえず「食育」という小さな分野を…などという程度のものではないのだ。繰り返すと「食育」とは、優れて世界の全体像を視野に入れることが可能な教科となりうる。食育は世界の全体像を教えることができるのだ。

 食育は食育基本法に則した「教育イシュー」である。地元の食材、地元の食文化を学ぶ。農林水産業の大切さ、大変さを学ぶ。ありがとう、いただきます、もったいないを学ぶ。食べ物、栄養バランスの大切さを学ぶ。農水産学校の活性化の問題もある。

 食育は「健康イシュー」である。予防医学は食から始まるのだ。安全な食品の問題もある。当然、栄養バランスの問題でもある。キレる子供、学級崩壊の問題は、栄養バランスの改善で、ある程度は治癒できるのだ。

 食育は「環境イシュー」である。美味しい水は豊かな森から生まれ、それは厖大な保水力を持つ。豊かな海は豊かな森が育てる。豊かな河川や湖沼も同様である。田圃は膨大な貯水力を持ち、多くの小生物を養う。鳥も飛来する。豊かな自然があって、その地に特有な多様な動植物が保たれる。本来自然界にはゴミは存在しない。そこからゼロエミッションと産業クラスター構想が生まれる。口から摂取される環境ホルモンの問題もある。「奪われし未来」もテキストとなるだろう。

 食育は「社会イシュー」である。この社会イシューの概念には、地産地消、地域経済と地球経済システム、食糧自給率、食糧安全保障、フェアトレードと南北問題が含まれる。
 地産地消。農林業、水産業、食品加工業を核に地場の産業クラスター化サイクル。バイオマス燃料を含むバイオマス産業、飼料産業、肥料産業、ユビキタスのトレイサリーシステム(これは情報産業と言えるだろう)、ユビキタスチップ製造業、生物分解可能プラスチック産業、排熱・排水利用…。これらは地方に雇用の創出をもたらす。
 しかし、例えば地産地消運動は、WTO的な見地に立てば「非関税障壁」であり、行政が地産地消運動に補助金を出せば、明らかにWTO違反となる。例えば森林の保全のために、間伐や下草刈り等の人件費に補助金を支出すれば、これもWTO違反となる。海外の木材輸出業者にとって、それは不公平な補助金と見なされるのである。それを食育においても伝えなければならない。
 食育はWTOと貿易の自由化の犠牲となる農林水産業、食の安全を問題にしなければならない。国際政治と国際経済を知らなければならない。新しい地球経済と地域経済の有り様を模索しなければならない。フェアトレードについて再論しなければならない。国際競争力向上と、経営効率(産業クラスターサイクル的)を考究しなければならない。「なぜ世界の半分が飢えるのか」「バナナと日本人」「エビと日本人」「アップサイジングの時代」「フェアトレード」は優れたテキストになるだろう。
 食育は子供たちに、自分の健康と、自分の周りの地域と環境と、世界の全体像を教えることができる優れた教科となり得るのだ。