芳野星司 はじめはgoo!

童謡・唱歌や文学・歴史等の知られざる物語や逸話を写真付でエッセイ風に表現。

怒りの葡萄(5)

2016年02月22日 | シナリオ

♯37

 家の中でコーヒーを飲む者、豚肉を食べる者


♯38

 戸外
 突然吠える犬たち
 走り出す犬たち
 戸外に出る父親

 父親  「どうしたんだ、いったい?」

 近づいてくるミューリー

 ミューリー「みなさん、おはよう」

 父親  「やあ、ミューリー」
     「こっちへ入って、すこしばかり豚肉でも食いなよ」

 ミューリー「腹は減ってねえよ」
     「おめえさんがたは、どんなあんばいかと、ちょっと気になってね」

     「それに、ひとこと、お別れでも言おうと思ってね」

 父親  「もう少ししたら、出発するところだよ」
     「すっかり積んでしまったよ、ほらな」

 ミューリー「なるほど、すっかり積んじまったな」

 納屋から出てくるアルと爺様
 アル  「爺様は、どっか具合が悪いみてえだ」

 爺様  「わしは、どうもしてやしねえだ」
     「ただ、わしは行かねえつもりだ」
 父親  「行かねえって?」

     「爺様、行かねえって、どういうつもりだね?」

     「ほれこの通り、荷物も積んじまったぜ」
     「行かなきゃなんねえだよ、わしらにゃ、もういるところなんぞ
      ねえだで」

 爺様  「おめえもここにいろとは言ってやしねえ」

     「おめえは、いくらでも行くがいいだ。わしじゃよ…わしが留まる
      んじゃ」
     「ゆうべ、一晩中考えただ。ここは、わしの故郷じゃ。わしは
      ここの人間じゃ」
父親   「爺様…」
爺様   「わしは、いやじゃ。行かねえだよ。ここは良くねえ土地だ」
     「でも、ここはわしの故郷じゃ。わしは、いやじゃ」

     「おめえたちはみんな行くがいいだ。わしは、自分の土地に留まる
      んじゃ」

父親   「留まることができねえんだよ、爺様。ここの土地はトラクターの
      下になっちまうだ」
頭を振る爺様  
父親   「誰が、おめえさまに料理をつくってくれる?」
嫌々をするように頭を振る爺様
父親   「どうやって暮らすだ? ここにゃ住むことはできねえだよ」
     「世話をしてくれる者もいねえで、爺様は飢え死にしてしまうだ」

 爺様  「何を言うだ! そりゃわしは老いぼれさ。だが、自分の世話くら
      いはできるだぞ」
     「このミューリーはどうやって暮らしてるだ? わしだって、ミ
      ューリーに負けねえくらいはできるだぞ」

     「わしは行かねえぞ。もしそうしてえのなら、婆様も連れて行くが
      いいだ。でも、わしを連れて行くのはやめてくれ」
     「わしが言いてえのはそれだけだ」

 父親  「なあ、爺様、ようく聞いてくれ。ちょっとでいいから聞いてくん
      なよ」
 爺様  「聞かねえだよ。わしがしようと思うことは、もう言っちまったか
      らな」
 トム  「お父っさん、家へ入ってくんねえかな。ちょっと話すことがある
      んだ」
 
 家の方に歩く二人

 トム  「おっ母…ちょっと来てくれねえか」


♯39

 家の中
 
 トム  「ちょっと聞いてもらいてえ。爺様が行かないと言い出す気持ち、
      俺にはよくわかるぜ」
     「だけど、ここに留まっていられるもんじゃねえ」
 父親  「そうだとも、留まれっこねえ」

 トム  「それでだ、爺様をとっつかまえて、縛り上げたりすれば、怪我を
      させねえともかぎらねえ」

     「と言って、いま爺様を説き伏せることもできねえ」

     「この際、爺様を酔いつぶしちまったら、うまくいくと思うんだ」
     「ウィスキーはあるかね?」

 父親  「いや、この家の中には、ウィスキーなんて一滴もねえよ」
     「ジョンも持ってねえだ」

 母親  「トム、たしかウィンフィールドが耳痛のとき使った鎮静液がビン
      に半分くらいあるはずだよ」
     「あれじゃ役に立たないかね?」

     「耳痛がひどいとき、ウィンフィールドを眠らせるのに使ったの
      よ」

 トム  「役立つかも知れねえな。おっ母、そいつを出してくんなよ」

 出ていく母親

 黒い薬液の入ったビンを持ってくる母親
 
 トム  「ブラック・コーヒーを作ってくんなよ。甘くて強いやつを」
     「そいつに大さじ二杯くらい入れるんだ」

 コーヒーを作る母親

 母親  「コップはみんな包んじまったから、爺様には空き缶で飲んでもら
      うよ」

♯40

 戸外へ出る父親とトム
 
 爺様  「人間は誰でも自分がやりてえと思うことを言う権利があるだ」
 トム  「おっ母が、いま爺様にコーヒーと豚肉を用意してるぜ」

 家の中に入って行く爺様
 明るんでゆく戸外


♯41

 家の中のテーブルにうつ伏せになって寝入る爺様
 
 トム  「爺様は、いつも疲れてる。そっとしとこう」

 トムに近づいてくるミューリー
 ミューリー「おめえは州境を越す気か?」
     「仮釈放の誓約を破るつもりか?」

 トム  「おや、おい、もう日の出が近いぞ」
     「出かけなくちゃならねえぜ」

 トラックの方に集まる家族たち
 小屋に、トラックに光が差す

 トム  「行こう」
 父親  「爺様を乗せるだ」
 
 父親、トム、ジョン叔父、アルが、眠ったままの爺様を抱えてくる
 トムとアルがトラックによじ登り、父親とジョンが抱える爺様を引き上げる

 父親  「おっ母と婆様はしばらくアルと一緒に前に乗んな」

     「いずれみんなで交替するだ。とにかく最初はこの順番だ」
 
 荷物の上によじ登るあとの家族たち

 コニー、シャロン、父親、ジョン、子供たち、説教師
 ノアとアルは車の下やタイヤを覗き込む

 ノア  「お父っさん、犬どもはどうする?」
 父親  「ほんとだ、忘れてたな」
 鋭く口笛を吹く父親
 一匹が駆け込んでくるが、もう二匹は来ない

 一匹を抱えてトラックの上に放り上げるノア
 自分も荷台にのぼるノア

 父親  「ほかの二匹は残していくしかしょうがねえな」
     「ミューリー、あとの犬どもの面倒をみてやってくんねえか」
     「飢え死になんぞしねえようにな」
 ミューリー「いいとも、ちょうど俺も犬を二匹ほど飼いてえと思ってたとこ
      だ。いいとも! 面倒みるぜ」
 父親  「鶏もな」
 
 運転席に入るアル
 スターターがうなる
 青い煙を吹き出す後尾

 アル  「あばよ、ミューリー」

 車体をふるわせて動き出すトラック
 家族たち「さよなら、ミューリー」
 庭を横切って出るトラック


♯42
 
 土煙を巻き起こし、ガタガタと揺れながら丘を這い上がっていくトラック
 ミューリーが戸口の庭にぽつんと立っている


♯43

 綿花畑の中の道路を土埃をあげながらノロノロと、国道へ向かうトラック
 太陽がぎらつき出す

♯44

 ゆるやかに上下にうねりながら、延々と伸びるコンクリートの道
 「第66号国道は」
 「移住幹線道路である」

 陽炎にゆらめく国道
 「赤い土地と灰色の土地を越え」
 「山脈をよじ登り」

 地図(ミシシッピ ~ カリフォルニア州ベイカーズフィールド市)
 「分水嶺を越え」
 「日の照りつける砂漠に下り」

 延々と伸びるコンクリートの国道の彼方に、大きな山脈が見える
 「ふたたび山脈に入り」
 「カリフォルニアの渓谷に入る」

 屋根の上に荷物を満載したセダンが走っている
 「この道は逃亡する人たちの道である」
 「土埃と荒廃の土地から」

 荷台に家財道具と家族を満載したトラックが行く
 「咆哮するトラクターと」
 「侵入してくる砂漠から」

 延々と伸びる国道を、何台もの異様な車が、点々と連なっている 
 「テキサスから吠え立ててくる嵐から」
 「わずかな財産を奪う洪水から」

 家財道具を満載し異様な形をした車が行く(トム・ジョード家の車)
 「第66国道は母なる道だ」
 「逃亡の道路だ」


♯45

 古ハドソンの車内
 ハンドルを握るアル
 眠っている婆様
 じっと前方を見つめる母親

 溜息をつくアル
 アル  「やかましい音がするなあ…大丈夫だと思うけど」
     「でも、こんな重い荷物をのっけたまま、坂を登るんだと、どう
      なるかわかんねえけど」

     「おっ母、カリフォルニアまでにゃ、丘はあるかい?」
 母親  「あるようだよ。あたしだって、よくは知らないけどね」
     「山だってあるそうだよ、大きな山がね」
 アル  「どうしても登るんだとすると、荷物を少し捨てなきゃなんねえな」
     「あの説教師、連れてこねえほうがよかったな」
 母親  「向こうに着くまでに、あの説教師を乗せたのが、ありがたく思わ
      れてくるよ」
     「あの人は、あたしたちの助けになるよ」
 アル  「おっ母…おっ母は、行くのが恐いかね?」
     「新しい土地へ、行くのが…」
 母親  「すこしね」
     「でも、何かあたしがやらなけりゃいけないことが起きたときは…
      あたしは怖がらずにやるよ」
     「あたしにできるのは、それだけさ」
     「みんな、あたしを頼りにしてるからね」

 あくびをして目をさます婆様
 婆様  「わたしゃ外に出たいよ」
 アル  「こんどの藪のところでな」
     「向こうにひとつ見えてるぜ」
 婆様  「藪があろうとなかろうと、わたしゃ外に出たいよ」
     「外に出たいと言ってるんだ」


♯46

 唸りをあげる古ハドソン
 
 急停車する古ハドソン
 
 母親がドアを開けて出て、婆様を下から支え降ろす
 
 荷台から降りる男たち、子供たち
 コニーがローザシャーンを優しく助け降ろす
 子供たちが藪の中に駆け込む

 荷台の中の爺様にトムが話しかける
 トム  「爺様も降りたいかね?」
 爺様  「いや…わしは行かんぞ。本当に行かん」
     「ミューリーと同じように踏みとどまるんじゃ」
 母親  「トム、骨の入っているお鍋を降ろしておくれ」
     「みんな何か食べないとね」
 
 道端に立ったまま豚の骨にかじりつく家族たち
  
 父親  「硬くなって、飲み込むのに骨が折れるだ。水はどこだい?」
 母親  「おまえさんのとこへ、上げておかなかったかい」
     「あたしはガロン瓶をつくっておいたんだけど」

 荷台に這い上がって探す父親

 父親  「ここにはねえな。忘れてきたにちがいねえ」
 ウィン 「水が欲しいよ、おれ水が飲みたい」
 アル  「こんどぶつかったサービス・ステーションで水をもらうことに
      しよう」
     「それにガソリンもいるしな」


♯47

 再び古ハドソンに乗り込む家族たち
 走り出す古ハドソン
 

♯48

 道路標識(キャッスルからパデン25マイル)の横を通過する古ハドソン
 蒸気を吹き出し始める古ハドソン
 停車する古ハドソン


♯49

 道端の小屋、二本のガソリンスタンド
 柵の傍に水道の蛇口ホース

 蒸気を出しながら乗り入れる古ハドソン
 ガソリンスタンドの背後から太った男がのっそりと出てくる
 サスペンダー付きコールテンのズボンにポロシャツ姿
 ボール紙製の日除けのヘルメット

 男   「お前さん方、何か買うのかね? ガソリンか何かを」
 蒸気の出ているラジエーターキャップを注意深く回そうとしているアル
 アル  「すこしばかりガソリンがいるんだ」
 男   「金は持っているのかい?」
 アル  「もちろんさ。俺たちを乞食だとでも思ってるのかい?」
 男   「それならいいさ。さあ、勝手に水を使っていいぜ」
 トラックの荷台から降りたトム、子供たち
 男は国道の方を見ながら
 男   「道路は人と車でいっぱいさ。そいつらが入ってきやがってよ…」
     「水を使って、便所を汚して…何か盗んだあげく、何も買わずに
      出て行ってしまうんだ」
     「金なんか持ってねえんだ。そのくせ車動かすから1ガロンくれっ 
      てぬかしやがる」
 トム  「俺たちは、ちゃんと支払いはする」
     「お前さんに、物乞いはしねえよ」
 男   「こっちもさせないよ。さあ自由に水を使ってくれ」

 ホースをつかみ水を飲むウィンフィールド
 頭から水をかぶる

 ラジエーター・キャップをはずすアル、
 吹き出す蒸気と沸騰するうつろな音

 男   「この地方がどうなるのか、さっぱり分からん」
     「何十台もの家財や子供を積んだ車が西へ向かっていく」

     「みんなどこへ行くのかね?」  
     「みんな何しに行くのかね?」

 トム  「俺たちと同じことをしに行くのさ」
     「どこかに住むためにな。何とか暮らそうと思ってな」

 男   「さっぱり分からん。俺だってここで暮らそうと思ってるんだ」

  犬の首輪を掴んで荷台から降ろしてやるジョン
  蛇口の下の水たまりから水を飲む犬