解説を読むと本書は昭和十七年(1942年)に刊行されたという。おそらく昭和初期に執筆されたもの
で、孤蝶は江戸時代のオーソリティになるよりも、自分の生きてきた明治を書きたいと思い筆を取っ
ている。
当時の東京は交通網もそれ程発達していない(汽車、鉄道馬車、人力車等)ので、何しろよく歩く。
新宿から牛込町を抜け、千駄ヶ谷を通り渋谷に行ったり。用達の帰りに、神田から九段を上り市ヶ谷
見附へ出て帰る事もある。与謝野馨が千駄ヶ谷住いの時分は、孤蝶が牛込弁天町にいた与謝野邸を辞
する時には深夜になっていたので、車で送って貰いもしたが、夜中の1時頃に歩いて帰ったことも度々
であったという、如何にも寂しい路とあるが、当時の事だから真っ暗であったと思う。
少年時代から寄席に通い、義太夫、落語、講釈にも親しんでいたようで、三遊亭円遊、橘屋円太郎、
五明楼玉輔、三遊亭円生(当時の)、禽語楼小さん、立川談志(当時の)も観たという。また高名な
三遊亭円朝も一度だけ聞いている。そして寄席の寂れに嘆き、少ない客だけを握って放さぬようにす
るべきと語る。興行を十五日から十日、一週間に短くするしか方法はないと言うが、それでは廃れる
一方のように思える。
今の時代に昔を懐かしむ話をよく聞くが、時代が遡っても同じよう感じる人は当然いる。しかし、そ
の時代の事を知ることで、様々な考察が出来る。今だけ、自分だけでは通用しない。本書には明治の
日常生活、風俗が描かれていてとても興味深い。
明治の東京 馬場孤蝶 現代教養文庫