本は未知の世界へ連れて行ってくれる。見たことのない風景、色彩を帯びた光景、その町のにおい
まで感じさせてくれる、それも時代を超えて。港町は独特の空気をまとって存在する、いろいろな
国の船が出入りする、ホテル、郵便局、銀行、さらには場末の映画館まで登場するところが時代を
感じさせる。「港町と女。うんざりするほど陳腐だが、これほどしっくりくる取り合わせもない」
と著者は書いている。
危険な臭いのする男は魅力的だ、そういう男に魅かれる女もあまたいる。魅力的な女性が何人も紹
介されている。泥棒詩人ジャン・ジュネ、懐かしの名優ジャン・ギャバン、有名な女スパイ・マタ
ハリ、巻末のアガサ・クリスティーの失踪事件のエピソードにも驚かされた。他にもいくつもの古
い映画のシーンや小説の引用が登場するが、私の知らない古い物も多く、俳優や主人公もほとんど
知らないがワクワクしながら読んだ。
スペイン、イタリア、トルコなどの各地を著者は移動する。そのたびにいくつもの港町が違う顔を
見せてくれる。土砂降りの雨に見舞われたり、南欧の強烈な日差しに焼かれたりする。様々な事件
やエピソードがとても興味深く、出てくる映画も観てみたくなり、小説も読んでみたい。なにげな
く手にした本が思わぬ世界をみせてくれた。
ヨーロッパの港町のどこかで 松井邦雄 講談社