今日はプロ野球のドラフト会議がありました。
ドラフト会議とは、言わずもがなでしょうが、プロ野球の球団がこれから入団する選手を、公衆の場で順番に選択し、契約交渉権をその選択した球団に限定していく制度。指名した球団が重複した場合は、くじ引きを行って交渉権を得る球団を決めるというドラマも待っていたりします。
こういうのが、注目を浴びて、ニュースになるんですよね。
ジャイアンツファンとしては、今日、こういうことを言うと「ほら、来た!巨人ファン」と揶揄されそうですが、このブログでも常に言っていることなので、今年も言います。
ドラフト会議のような人身売買、人の人生を見せ物にするのはやめた方が良い。
特に最近は、ドラフト会議に観客を集めて、さらに見せ物にしています。一大学生が希望球団に選択されなかった(くじに外れた)悲劇にもかかわらず、拍手をするなどは私の感覚では信じられません。人の人生を何だと思っているんでしょうか。
野球界の発展のためには不可欠という意見もありますが、サッカーはどうなのか。すでに、アメリカ大リーグのマイナー化しつつある野球界は、本当の発展、本当の地域密着、本当の選手育成をそろそろ考えた方が良いと思います。
くじをはじめとした悪平等の選手獲得方法、自由の少ない契約に頼った球団経営は、選手のためにも日本球界のためにも変えていかないといけない時期ではないでしょうか。
そして、野球と言えば、個人成績を中心としたシーズン終盤の采配や、報道にもうんざりします。
「タイトル」や数字がないと、選手の良さを理解できない、底の浅い見方を助長している気がするんですよね。大リーグ報道も然りでイチローの安打数ばかりが話題になって、スポーツとしての野球の広がりが少ないように思います。
それでも、野球はまだまだ面白い。
さぁ、いよいよクライマックスですね!
普通の大学生の就職活動を考えれば、ドラフトが異常なのは明白ですよね。
就職先の希望ができないんですから!
しかも、彼らの身分は、個人事業主なのに、まったく自由がない。
頑張っても、20年くらいしか働けない就職先、売り手側にもう少し自由を与えてあげたいですね。
ドラフトのような制度が当然のように語られるのは、本当に不快です。「必要悪」として理解すべきという意見なら分かりますが。
某アナウンサーが「そういうものでしょ。」とか、言っていたとか。
だったら、アナウンサーの世界も共存共栄のためにドラフトにしたらどんな世界が広がるか???
「山陰中央テレビ 第一回指名アナウンサー 中野なんとか 慶応大学」
自分の人生をどう生きるか、自分を活かせてもらえる団体かどうか、自分のポジションが空いているか・・・
一度しかない人生、wayさんのおっしゃるとおり、ほんと、売り手側にもっと自由が必要です。
日本のスポーツ界では、ドラフト制度があるのはプロ野球だけ。導入のいきさつは知りませんが、きっと、あの国の制度をそのまま、なんの疑問も無く取り入れただけなのでしょう。
一般の社会人が、選ばれたくもない企業に就職する、なんてあり得ないのに。。。
さて。
今日、ラグビーのトップリーグが開幕しました。
我が後輩・田村 優を初め、ルーキーも何人かデビューを飾ったようです。
ドラフトなどない世界☆
m(_ _)m