考える葦のブログ

さわやかに さりげなく

エンデュアランス号漂流

2005-09-08 23:27:00 | 

台風一過。朝から透き通るような青空。
空を見上げながら、今日も会社へ行きました。
変わらぬ毎日は幸せなのか?それとも退屈なのか?
もしかしたら、幸せは退屈なのかも知れないとも感じています。

我ながらいきなり読みにくい文章ですね。
今日の青空のようにスッキリとしたブログをたまには書きたいものですね。

みなさん、ハローです。ホディです。
『エンデュアランス号漂流』という本を読みました。

今から約90年前、英国人探検家シャクルトンが、南極大陸横断に挑戦したノンフィクションです。実際は南極大陸横断どころではなく、極寒の荒れ狂う海で、寒さ・氷・大波・食糧不足・・・生きるための冒険となりました。その“史上最悪の漂流”17ヶ月の物語です。

シャクルトンが率いる28名のチーム。
もちろん、隊長のシャルクトンのリーダーシップや勇気、決断力等が奇跡の生還につながったことは間違いありませんが、チーム全員のチームワークや自己犠牲、そして責任と役割を果たす意識がなければ、冷たい氷河の中で眠ることになったのだと思います。
非情で容赦のない自然。それに立ち向かうのもヒトという自然の生き物。
ボクには経験することのない世界の話だと思いますが、本ではこのような世界も読むことができることを嬉しく感じました。テンポ良く読めるような本ではありませんが、興味があれば、みなさんもぜひ読んでみてはいかがでしょうか?

もう少しだけ、いつものように、印象に残ったところを少し紹介します。

さまざまな形で、彼らは今まで以上に、自分自身を知るに至った。雪と氷しかないこの寂しい世界で、限られたものではあったにせよ、自分なりの満足を見いだしていた。彼らは試練を受けとめ、必要以上のものを望まないことを学んだ。
もちろん、故郷を思うことはあった。が、文明社会そのものに対する激しい欲求はなかった。(中略)

「晴れた朝に目覚めると、ニュージーランドやイングランドの春の、朝露に濡れた芝や花の香りがたまらなく恋しくなる。人間というのは、文明がなくてもそれほど困らないらしい━━うまいパンにバター、ミュンヘンビール、コロマンデルの岩ガキ、アップルパイのデボンシャー・クリーム添え、皆、なつかしい思い出ではあるが、恋しくはない。」

「どんな人間も、たっぷりの食事とぬくもりがあれば幸福になれる。今、それもある程度真実だと思いはじめている。」という言葉を日記に書いている人もいたそうです。“生きること”が目的となったとき、本当に必要とするものが何かが分かるのでしょうか。

退屈は幸せ、幸せは退屈・・・?
ただ、昨日の桑田投手の話ではありませんが、「悔いは残したくないし、自分らしく生きていきたい。」 贅沢や進化した文明を求めるわけではありませんが、自分が求める「何か」をがむしゃらに追いかけたいなと思う今日この頃です。
「何か」が何か?それが分かれば苦労はしません・・・  

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2 コメント

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退屈は幸せ、幸せは退屈・・・? (godai)
2005-09-09 12:14:02
>自分が求める「何か」をがむしゃらに追いかけたいなと思う今日この頃です。



名言の連投ですね!共鳴いたしました。

年のせいには、したくないですね。年を取っても追求できるものがあれば、退屈しないのでは・・・(ヒューヒューだね 牧瀬なんだっけ)
返信する
(^v^) (hoddy)
2005-09-09 22:25:45
godaiさん、コメントありがとうございます。



共鳴していただいて嬉しいです。

年を取ったからこそ、できることってありますよね。

お互いがんばりましょう。





「ヒューヒューだね」って懐かしいですネ。

牧瀬里穂でしたよね。でも、思い浮かぶのは牧瀬里穂の真似をする森口博子・・・

私だけ?
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