城名 |
殿山城 |
読み |
とのやまじょう |
住所 |
度会町長原 |
城主 |
山崎氏か |
形式 |
山城 |
遺構 |
削平地 |
標高 103m 比高 65m |
書籍 『度会史』 |
「中川村誌に中川神社の東に当り字田間そばの山上に広さ二町歩程の坦夷(注1)あり。土俗(注2)之を殿山と呼ぶも玆に住みし郷士を明らかにせずとある。 |
山麓に割合浅い空堀状のものが、130mほど続く。この溝より山側15~20m離れて、高さ1.5mの石積みがほぼ東西に50m続く。さらに、これより山側へ8~10m離れた位置に高さ3mの石垣が45mほど東西に延びている。この石積みと石垣の間が長方形の削平地となっている。ここより北方に宮川を見降ろすことができる。」 |
注1 |
たんい【坦夷】( 名 ・形動 ) [文] ナリ 土地などが平らである・こと(さま)。平坦。 「 -なる大道を択ばば危険少ふして/経国美談 竜渓」 |
注2 |
どぞく【土俗】民俗の旧称。 「 -と伝説」 |
現地 |
上記を頼りに現地に向かう。 |
山頂の削平地には高さ1m程の鳥居が数個列をなしている。浅間神社のようだ。 |
削平地が下にも見える。これは城跡だと気分は一気に上昇する。早速大きさを歩数で計り図面を書く。作業を進めるほどに確信に変わっていく。これが殿山城だ。 |
しかし、『度会史』で紹介のあった様子とは全く異なるのが疑問だ。石積みや石垣を探して麓を半周する。らしきところは出てこない。念のためもう一方の頂上を目指すが、こちらは人の手が入った様子は皆無である。山を下り反対側の麓を回る。 |
土塁は所々で切断されてはいるものの麓を巡っている。これは昔の灌漑用水路ではなかろうか。所々切れているのは水を落とすととこであったり水を溜めるところであったり山崩れで流されたところだ。 |
山から離れて道に出ようとすると老人が草刈りを始めようとするところであった。声をかけると殿山城については全く知らないという。浅間さんは承知であった。 |
近くで作業をしていた老人が一人、二人と近づいてくる。「やっと帰ってきなしたか」「何をされとるんですか」「なかなか姿が見えんので」 |
どうやらバイクが止まっているので心配をかけていたようだ。またしても経緯を話すと「殿山城はしらんなー」とさっきの老人と同じ回答であった。 |
観光情報として「獅子鼻」という景勝地が近くにあるらしい。麻加江の奥とかいう。 |
住民からよい話は聞けなかったが、地形の観察からここが殿山城だと比定することにした。2015.2.3初訪 |
感想 |
北150mの平地(現在水田)に山崎館があったとされている。距離感と位置関係から居館と詰城の関係にあることが十分に想像される。 |
それにしても 『度会史』 の記述とかなりの相違点があることが気がかりだ。 |
地図 |
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