妻が家を出て行ってから、まもなく2週間が過ぎようとしている。
普段から掃除、洗濯も自分でやっているから、特別、生活する上での不便は感じないけど、野菜や果物の摂取量が減ったためか、ややカラダに変調をきたしているのと、しゃべらないので声帯が萎縮し、かすれたような声になって発しづらい。
とはいえ、どちらも改善するのは簡単なことで、体調のほうはスーパーに行ってバナナとオレンジを買い込み、声のほうはテレビドラマを見ながら、わざと大きな声で主人公の発言に突っ込みを入れてみたりして、大分、出るようになってきた。
さて、年に数回、妻は家を空けることがあるが、今回は長野の実家からの電話がきっかけだった。
妻には幼い頃からよく面倒を見てくれていた父方の叔母がいる。随分前に夫に先立たれ、子にも恵まれなかった彼女は妻のことをたいそう可愛がってくれたみたいだ。妻も叔母を慕っていた。
夫に先立たれた後は、ずっと一人暮らしをしていたが、高齢も手伝ってか、数年前から認知症を患うようになり、今は自宅近くの老人介護施設で暮らしている。
その叔母の容態が悪化し、医師から「今日、明日が山だから親しい方達には連絡したほうがいいでしょう」と言われたと、我が家に義父から電話がかかってきたのだ。
電話があったのが水曜日の昼。今日、明日であの世に旅立てば、週末には葬儀だろうということで喪服も持参するよう言われ、慌てて妻はトランクケースに衣服を詰め込み、長野行きの電車に飛び乗って行った。
あれから2週間・・・・「いったい、いつ死ぬんだ?」
おぞましい言葉が、何の悪意も無く自然の思いとして胸に去来する。
妻との電話越しでは、十分なオブラートに包み込み、
「叔母さんの容態はどうなの?」と聞いてみる。
「ん・・・良くはない。山かな・・・」と返答。
オイオイ、どこまで高い山なのさ!?
まさか山の中腹あたりで医師は人集めを指示したのかい?
山が続いて、結構、長い山脈になってるよ!
そもそも80歳過ぎたら、良くなることのほうが奇跡だよね!
・・・・などなど、様々な思いを封印し、
「そっか」とたった3文字の短い言葉で、せめてもの抵抗。
すると、妻は雰囲気が暗くなるのを嫌ってか、
「もう、東京の桜も満開でしょ?来週、高遠の桜も満開みたいだから、お父さんたちと見に行ってこようと思ってるんだ」と言った。
<まっ、まさか・・・本当はそっちの山を見るために帰った?>
全ての出来事が陰謀の闇の中でうごめいているように感じてしまうのは、俺の心が病んでいるからだろうか。