エホバの証人は独自の聖書を使っていますか
私は,エホバの証人ではありませんが,時々,
エホバの証人より配布いただいてる,「目ざめよ」誌・「ものみの塔」誌,パンフレット等より引用の記事もあります。
(どこの宗教,宗派にも属していません)
*いろんな宗教にも交わりました(立正佼成会,創価学会,キリスト教のカトリック,プロテスタント等)
その中で,聖書に忠実に教えてるのは,エホバの証人と思います。
エホバの証人は独自の聖書を使っていますか
エホバの証人は聖書を研究するに当たり,様々な翻訳聖書を用いてきました。
しかし,「新世界訳」が出版されている言語では,とりわけその聖書を活用しています。神の名前が使われており,正確で明快だからです。
神の名前が使われている。聖書が出版される際,しかるべき方に誉れが与えられない場合があります。
例えば,ある翻訳聖書には,何らかの形で出版にかかわった70人余りの人たちの名前が挙げられています。ところが,聖書の著者であるエホバ神の名前は一切出てこないのです。
対照的に「新世界訳」は,原文に神の名前がある幾千もの箇所にその名を復元しています。その一方で,翻訳を行なった委員会の人たちの名前は伏せています。
正確。すべての翻訳が,聖書の音信をそのとおり正確に伝えているわけではありません。
例えば,ある翻訳では,マタイ 7章13節がこう訳されています。「狭い門を通って入りなさい。地獄への門は広く,そこに至る道は歩きやす[い]からです」。
しかし,原文では「地獄」ではなく「滅び」という表現が使われています。翻訳者たちは,邪悪な人々は地獄で永遠の責め苦に遭うという信条のもとに,
「地獄」という言葉を使ったのかもしれません。しかし,そのような信条に聖書的根拠はありません。
ですから,「新世界訳」ではその聖句が正確にこう訳されています。「狭い門を通って入りなさい。滅びに至る道は広くて大きいからです」。
明快。良い翻訳は,正確なだけでなく,明快で分かりやすいものであるべきです。1つの例を考えてみましょう。
ローマ 12章11節で,クリスチャンの使徒パウロは,字義どおりには「沸騰している霊に」という意味の表現を用いました。
この表現は現代ではあまり意味を成さないので,「新世界訳」ではもっと分かりやすく訳されています。クリスチャンに対し,「霊に燃えなさい」と勧めています。
神の名前が使われており,正確で明快なことに加え,「新世界訳」は別の点でも際立っています。無料で配布されているのです。
そのため,貧しくて聖書を買えない人たちを含む幾千万という人々が,聖書を母語で読むことができています。