9月15日土曜日、事前予約してあった10時に世界遺産・西芳寺に拝観した私(*^ー^)ノ♪
先ずは本堂にて拝観者全員で般若心経を唱え、祈願のお札を書いて納めるまでの一連の儀式が終わると、いよいよお目当ての庭園に案内された(*^.^*)
本堂と庭園の間にある休憩所を通り過ぎると、
休憩所は、大勢の人が休めるくらい大きかった↓
庫裏があり、
その先に庭園の入り口が現れる↓
入り口前の苔も綺麗だった↓
西芳寺の庭園に生息している苔は120種類余りで、最も美しい見頃は梅雨の時期なんだそうだ🎵
小さな門を潜り抜けると、
西芳寺庭園を取り囲む内側の塀も風情があって素敵だった↓
庭園の入り口のすぐ側には観音堂が↓
西芳寺庭園は、
上下二段に分かれており、
上段は枯山水式庭園、下段は黄金池を中心にした池泉廻遊式庭園になっていて、庭園は史跡・特別名勝に指定されている。
私達は観音堂の横で西芳寺庭園と苔の説明を受け、その後は自由散策となった✨
雨は止んでいたが、前日に降っていたせいで濡れていた為、ゆっくりと気を付けながら石畳の道を歩いて行く。
最初は下段の池泉廻遊式庭園を見て行く事に(*^ー^)ノ♪
小学校の時、東京の従姉妹と京都でシスターをしていた鬼軍曹の様な伯母の所に二泊三日くらいで遊びに来ていた私達は、その間京都中の神社仏閣を連れられて回らされた事がある(^_^;)
残念な事にその時の記憶が殆ど残ってないのだが、伯母の話によると鈴虫寺とこの西芳寺にも来ているみたいなのだ(((^_^;)
願わくば、その時の記憶を取り戻したいと思っている私は、記憶の断片でも甦って来ないものかしらと、庭園の隅々までくまなく見ながら歩いて行く。
伯母も言ってたが、西芳寺の苔の状態は近年良くなくて、その為事前予約制にもしたらしいのだが、近い将来には拝観自体が難しくなるかもしれないらしい(>_<)
季節的な事もあるかもしれないが、確かにこの写真を見ても分かる様に、苔の状態は想像以上に良くなかった(;_;)
苔を維持するのは難しいと、6月に拝観した青紅葉と苔のコラボが見事だった宝厳院で庭のお手入れをしていた庭師さんも仰っていたくらいなので、大変なんだろう💦
ここの苔はまだ綺麗だった↓
おまけに私が訪れる前週に見舞われた台風21号の影響を西芳寺もかなり受けた様で、こんな感じで庭園の至る所で倒木が(*゜Q゜*)
歴史的にも古い西芳寺は、木の状態も余り良くなくて、この写真なんて苔は綺麗なのに、木の状態が良くないのが本当に残念( ´△`)
この写真は、お気に入りの写真の1枚✌️
元来の西芳寺はきっとこんな感じなんだろうなぁ。
こちらは黄金池(おうごんち )↓
西芳寺庭園の本池であり、下段の庭の中心景となっている。黄金池は心の字を象っており、心字池とも呼ばれているそうだ。
こちらは湘南亭(しょうなんてい )↓
豊臣時代に千利休の次男、千少庵により建立されたお茶室で、国の重要文化財に指定されている。
北に張り出した月見台が特徴で、月見台北の黄金池には「朝日の清水」という泉が湧いているそうだ。
千利休が豊臣秀吉より切腹を命じられた時、一時隠れ家として利用したとも言われている。
また、明治維新の際には岩倉具視がここに隠れ、幕府の難を逃れたとの事で、こんな石碑も建てられていた↓
こちらは湘南亭横の角地の様子↓
色んな時代の歴史に残る人達も、この景観を眺めながらこの石畳を歩いたんだろうナァと思いながら湘南亭を通り過ぎ、黄金池の周りを進んで行く。
こちらは、潭北亭↓
1928年、陶芸家の真清水蔵六(ましみずぞうろく)から寄進された茶室である。
ここの倒木なんて根こそぎ倒れていて、想像を絶する強風が吹き荒れていた事を物語っている(>_<)
この日も何人かの庭師さんが倒木や折れた枝などの掃除や手入れを行っていたが、それでも追い付かないくらい至る所で台風の傷跡を目の当たりにして、本当に勿体ないと心が痛んでしまった(;_;)
苔の状態も今一つで、このまま劣化して行くのかしらと心配になってしまった(/_;)/
この写真もお気に入りの写真の1枚↓
一面が苔むしていたら、もっとビジュアルだろうなぁ。
この石畳を上って行く先の上段は、枯山水式庭園となる↓
石畳を覆う様な青紅葉も美しかった↓
石畳の途中には向上関があり、潜って更に上って行く↓
上段は高い場所にあるせいか、台風の影響もひどかった(>_<)
そして上りきった所には、指東庵(しとうあん )があった↓
指東庵は、開山堂で、中には西芳寺の祖師方である行基菩薩、眞如法親王、夢窓國師の御位牌と藤原親秀夫妻、夢窓國師の木像がお祀りされている。
こちらの斜面の苔は、ビロードみたいで綺麗だった(*^.^*)
指東庵の周辺が一番倒木も酷くて、本当に自然の驚異とは言え、悲しい気持ちになってしまう(;_;)
こちらが下段の見処である枯山水(かれさんすい )↓
夢窓國師により、暦応2年(1339年)に築かれた日本最古の枯山水の石組で、夢窓國師の生前の墓(寿塔)の造形化したものと言われている。
それまで、庭園の主流は、池をメインにした池泉庭園だったが、夢窓國師は石組を庭の主役としたばかりでなく、禅の精神性をもその中に反映させたのだ。
これは、当時としては非常に革新的で有り、まさに“新時代的”な石組みであるとも言えるのだそう。
言われないと見過ごしてしまいそうな枯山水と指東庵を過ぎると、石畳も下り始め、行きに通っの休憩所の所に戻って行く。
この下段にある夢窓國師作庭の西芳寺枯山水は、あらゆる枯山水庭園の原点ともなり、我が国における枯山水庭園の最高峰とも評されているらしい。
庭園そのものが禅の精神修練の道場とされた夢窓國師の悟りの境涯がここに託されたのだそう。
西芳寺庭園を一周したものの、伯母と行った時の記憶が甦って来る事は残念ながらなかった私(/_;)/
正直、台風直後だった事もあるが、苔の状態が思っていた以上に良くなかったのが、本当に残念でならない。
歴史的な人物に愛された西芳寺庭園は、私達が生まれるずっと以前は、今の宝厳院や常寂光寺、三千院や祇王寺の様な息を飲む様な美しい苔の絨毯が地面を覆いつくす素晴らしい庭園だったに違いない。
昔の様な状態に戻る事があれば、本当にそんな素敵な事はないし、これ以上苔の状態が悪くならない様に、私達も協力出来る事はしないといけないナァと思ってしまった。
ただ、一つ確かな事は、西芳寺は世界遺産の寺院として相応しい品格あるお寺だと言う事。
拝観料は確かに高いが、それを支払う価値は絶対にある、素晴らしい寺院だと思う👍
もし行く機会があるなら、是非春から初夏のツツジや蓮の花が咲いている、苔としてもベストシーズンに行ってみてネ
「西芳寺」については、こちらを参考にしてネ
所在地:京都府京都市西京区松尾神ヶ谷町56
電話番号:075-391-3631
アクセス:
(京都駅から)
・京都バス(73系統)で約60分「苔寺・すず虫寺」下車、徒歩3分、
・タクシーで約30分(2,500〜3,000円程度)
(嵐山方面から)
・京都バス(63または73系統)約15分「苔寺・すず虫寺」下車、徒歩3分
・タクシーで約10分(1,200円程度)
(大阪方面から)
・阪急電鉄京都線で約35分「桂駅」下車、タクシーで約12分(1,200円
先ずは本堂にて拝観者全員で般若心経を唱え、祈願のお札を書いて納めるまでの一連の儀式が終わると、いよいよお目当ての庭園に案内された(*^.^*)
本堂と庭園の間にある休憩所を通り過ぎると、
休憩所は、大勢の人が休めるくらい大きかった↓
庫裏があり、
その先に庭園の入り口が現れる↓
入り口前の苔も綺麗だった↓
西芳寺の庭園に生息している苔は120種類余りで、最も美しい見頃は梅雨の時期なんだそうだ🎵
小さな門を潜り抜けると、
西芳寺庭園を取り囲む内側の塀も風情があって素敵だった↓
庭園の入り口のすぐ側には観音堂が↓
西芳寺庭園は、
上下二段に分かれており、
上段は枯山水式庭園、下段は黄金池を中心にした池泉廻遊式庭園になっていて、庭園は史跡・特別名勝に指定されている。
私達は観音堂の横で西芳寺庭園と苔の説明を受け、その後は自由散策となった✨
雨は止んでいたが、前日に降っていたせいで濡れていた為、ゆっくりと気を付けながら石畳の道を歩いて行く。
最初は下段の池泉廻遊式庭園を見て行く事に(*^ー^)ノ♪
小学校の時、東京の従姉妹と京都でシスターをしていた鬼軍曹の様な伯母の所に二泊三日くらいで遊びに来ていた私達は、その間京都中の神社仏閣を連れられて回らされた事がある(^_^;)
残念な事にその時の記憶が殆ど残ってないのだが、伯母の話によると鈴虫寺とこの西芳寺にも来ているみたいなのだ(((^_^;)
願わくば、その時の記憶を取り戻したいと思っている私は、記憶の断片でも甦って来ないものかしらと、庭園の隅々までくまなく見ながら歩いて行く。
伯母も言ってたが、西芳寺の苔の状態は近年良くなくて、その為事前予約制にもしたらしいのだが、近い将来には拝観自体が難しくなるかもしれないらしい(>_<)
季節的な事もあるかもしれないが、確かにこの写真を見ても分かる様に、苔の状態は想像以上に良くなかった(;_;)
苔を維持するのは難しいと、6月に拝観した青紅葉と苔のコラボが見事だった宝厳院で庭のお手入れをしていた庭師さんも仰っていたくらいなので、大変なんだろう💦
ここの苔はまだ綺麗だった↓
おまけに私が訪れる前週に見舞われた台風21号の影響を西芳寺もかなり受けた様で、こんな感じで庭園の至る所で倒木が(*゜Q゜*)
歴史的にも古い西芳寺は、木の状態も余り良くなくて、この写真なんて苔は綺麗なのに、木の状態が良くないのが本当に残念( ´△`)
この写真は、お気に入りの写真の1枚✌️
元来の西芳寺はきっとこんな感じなんだろうなぁ。
こちらは黄金池(おうごんち )↓
西芳寺庭園の本池であり、下段の庭の中心景となっている。黄金池は心の字を象っており、心字池とも呼ばれているそうだ。
こちらは湘南亭(しょうなんてい )↓
豊臣時代に千利休の次男、千少庵により建立されたお茶室で、国の重要文化財に指定されている。
北に張り出した月見台が特徴で、月見台北の黄金池には「朝日の清水」という泉が湧いているそうだ。
千利休が豊臣秀吉より切腹を命じられた時、一時隠れ家として利用したとも言われている。
また、明治維新の際には岩倉具視がここに隠れ、幕府の難を逃れたとの事で、こんな石碑も建てられていた↓
こちらは湘南亭横の角地の様子↓
色んな時代の歴史に残る人達も、この景観を眺めながらこの石畳を歩いたんだろうナァと思いながら湘南亭を通り過ぎ、黄金池の周りを進んで行く。
こちらは、潭北亭↓
1928年、陶芸家の真清水蔵六(ましみずぞうろく)から寄進された茶室である。
ここの倒木なんて根こそぎ倒れていて、想像を絶する強風が吹き荒れていた事を物語っている(>_<)
この日も何人かの庭師さんが倒木や折れた枝などの掃除や手入れを行っていたが、それでも追い付かないくらい至る所で台風の傷跡を目の当たりにして、本当に勿体ないと心が痛んでしまった(;_;)
苔の状態も今一つで、このまま劣化して行くのかしらと心配になってしまった(/_;)/
この写真もお気に入りの写真の1枚↓
一面が苔むしていたら、もっとビジュアルだろうなぁ。
この石畳を上って行く先の上段は、枯山水式庭園となる↓
石畳を覆う様な青紅葉も美しかった↓
石畳の途中には向上関があり、潜って更に上って行く↓
上段は高い場所にあるせいか、台風の影響もひどかった(>_<)
そして上りきった所には、指東庵(しとうあん )があった↓
指東庵は、開山堂で、中には西芳寺の祖師方である行基菩薩、眞如法親王、夢窓國師の御位牌と藤原親秀夫妻、夢窓國師の木像がお祀りされている。
こちらの斜面の苔は、ビロードみたいで綺麗だった(*^.^*)
指東庵の周辺が一番倒木も酷くて、本当に自然の驚異とは言え、悲しい気持ちになってしまう(;_;)
こちらが下段の見処である枯山水(かれさんすい )↓
夢窓國師により、暦応2年(1339年)に築かれた日本最古の枯山水の石組で、夢窓國師の生前の墓(寿塔)の造形化したものと言われている。
それまで、庭園の主流は、池をメインにした池泉庭園だったが、夢窓國師は石組を庭の主役としたばかりでなく、禅の精神性をもその中に反映させたのだ。
これは、当時としては非常に革新的で有り、まさに“新時代的”な石組みであるとも言えるのだそう。
言われないと見過ごしてしまいそうな枯山水と指東庵を過ぎると、石畳も下り始め、行きに通っの休憩所の所に戻って行く。
この下段にある夢窓國師作庭の西芳寺枯山水は、あらゆる枯山水庭園の原点ともなり、我が国における枯山水庭園の最高峰とも評されているらしい。
庭園そのものが禅の精神修練の道場とされた夢窓國師の悟りの境涯がここに託されたのだそう。
西芳寺庭園を一周したものの、伯母と行った時の記憶が甦って来る事は残念ながらなかった私(/_;)/
正直、台風直後だった事もあるが、苔の状態が思っていた以上に良くなかったのが、本当に残念でならない。
歴史的な人物に愛された西芳寺庭園は、私達が生まれるずっと以前は、今の宝厳院や常寂光寺、三千院や祇王寺の様な息を飲む様な美しい苔の絨毯が地面を覆いつくす素晴らしい庭園だったに違いない。
昔の様な状態に戻る事があれば、本当にそんな素敵な事はないし、これ以上苔の状態が悪くならない様に、私達も協力出来る事はしないといけないナァと思ってしまった。
ただ、一つ確かな事は、西芳寺は世界遺産の寺院として相応しい品格あるお寺だと言う事。
拝観料は確かに高いが、それを支払う価値は絶対にある、素晴らしい寺院だと思う👍
もし行く機会があるなら、是非春から初夏のツツジや蓮の花が咲いている、苔としてもベストシーズンに行ってみてネ
「西芳寺」については、こちらを参考にしてネ
所在地:京都府京都市西京区松尾神ヶ谷町56
電話番号:075-391-3631
アクセス:
(京都駅から)
・京都バス(73系統)で約60分「苔寺・すず虫寺」下車、徒歩3分、
・タクシーで約30分(2,500〜3,000円程度)
(嵐山方面から)
・京都バス(63または73系統)約15分「苔寺・すず虫寺」下車、徒歩3分
・タクシーで約10分(1,200円程度)
(大阪方面から)
・阪急電鉄京都線で約35分「桂駅」下車、タクシーで約12分(1,200円