7 幻視
最初に述べた私の光の体験はその日ばかりでなくまだ続いていたのです。これはその翌日の出来事です。“幻視”と呼ばれる自動現象が起こり、光のビジョンが再び始まりました。
20**年1月29日
朝になり目が覚めて、さて、何か変わったことがないかとあたりを見回したり、外の様子をうかがってみたりしましたが特別変わった様子もなく、部屋の中も普段のままの散らかった状態でした。
もしかすると、古い世界が光輝く新しい世界になり、天国にいるように見えるのではないかと期待したからですが、いつもと変わらぬ朝のようでした。
それなら、何やら不思議な能力を得たにちがいないと思いながら、「エィッ!」とか「ヤアッ!」とか気合いを入れてみたのですが何事も起こりませんでした。ちょっぴり残念な気持ちもありましたが、普段通りの時間に家を出ました。
通勤途中のことです。昨日の「あの人」のことを思いながらバイクを走らせていたら、熱いものがこみ上げてきて涙があふれてきました。それはそれでいいのですが場所が悪かったのです。そこはバイクの上なのでヘルメットをかぶっていたのです。さらに私は眼鏡もかけています。そしてハンドルには防寒カバー、手には防寒手袋をはめていました。
ー前が見えなくなってきたのです。
なんとか職場にたどり着きヤレヤレです。仕事は適当にかつテキパキとこなしてすぐに休憩です。「さて、一服するか」とひとりで外に出ました。10時の休憩時間の少し前でした。今はやめていますが当時はタバコを吸っていたからです。それもかなりのヘビースモーカーでした。
そこはツツジやサザンカの植えられた通りに面した場所ですが、あまり人通りがないので、皆ここでタバコを吸っていました。
「どっこいしょ」と腰をおろし、壁にもたれてそのまま地面に目を落としました。するとそこにあった小さな石に目がとまりました。どこにでも転がっているありふれた石です。それをじっと見ていたところ、なにか変なのです、何となく様子がおかしいのです。あたりの雰囲気がいつもとちがうのです。
そのうち周囲が白くなり、視野が狭くなった気がしました。そして音が全く消えてしまいました。
ー心理学者が「幻視」と呼ぶものがはじまったのです。
画 パウル•クレー「チュニジアの庭」