DAILY DEVOTIONAL リック・ウォーレン 2014年7月3日
「(イエスが)話し終わったとき、シモンに、『沖に漕ぎ出して網を降ろし、漁をしなさい』と言われた。 シモンは、『先生、わたしたちは、夜通し苦労しましたが、何もとれませんでした。しかし、お言葉ですから、網を降ろしてみましょう』と答えた。 」(ルカによる福音書5章4節~5節)
ルカによる福音書5章4節~5節に、「(イエスが)話し終わったとき、シモンに、『沖に漕ぎ出して網を降ろし、漁をしなさい』と言われた。 シモンは、『先生、わたしたちは、夜通し苦労しましたが、何もとれませんでした。しかし、お言葉ですから、網を降ろしてみましょう』と答えた。 」と書かれています。
シモン・ペテロがイエスの前で自分の失敗を認めることは大変難しかったと考えられます。彼はプロの漁師でしたし、腕が良かったのです。彼は漁師で生活を立てていました。しかし、プロと言えども時には、夜通し漁をして何も獲れないこともあったのです。
彼らはいい人たちでしたし、ベストを尽くしていました。しかし、時には自分たちのベストは充分ではないし、時には自分たちではどうしようもない状況があります。私たちは経済も、天候も、その他私たちの人生を左右するいろいろなことを自分の思いのままにできません。大変苦労してやったかもしれないが、結果何も変わったようには見えないし、何も証明できないこともあります。
では、どうする必要があるのでしょうか?第一に、イエスを自分の舟に乗せる必要があります。言い換えるなら、イエスを自分の仕事の中心にすえる必要があります。第二に、自分のやり方ではうまくいかないということを認める必要があります。聖書では、それを「告白」と言うが、それは大変難しいことです。
何故それ程自分のやり方ではうまくいかないと認めることが難しいのでしょうか?
「プライド」 自分ではうまくいかないと他人から思われることを嫌だ。自分でできる、自分がすべてをまとめられる。たとえ一日12時間労働することになるとしても、自分で何もかもやる事が出来ると思う。
「頑固さ」 自分のやり方を変えたくないと思う。しかし、明日の成功の最大の敵は昨日の成功だということを知っているのでしょうか?
「恐れ」 一晩中漁をしたのに一匹も釣れなかったことを認めることができない。自分は劣っていると思われることを恐れている。イエスを自分の舟に乗せることを恐れている、何故なら、自分が行きたくない方向にイエスが舵をとるかもしれないから。
自分は仕事でベストを尽くしているかもしれないが、見せられるほどの成果が無い。そのようなプライドや、頑固さや、恐れは捨てる必要があります。そうすれば、イエスがあなたの舟の舵をとり、あふれるほどいっぱいに満たしてくれることでしょう。
話し合ってみましょう
• 自分のプライドや、頑固さや恐れがどのように、自分の仕事の中心に神様が必要だと認めることを妨げているのでしょうか?
• 神様があなたの仕事を通して成し遂げてくださりたいと思う事は何ですか?あなたは喜んで神様にやっていただきますか?
• あなたにとって「認める」ということはどういうことですか?
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます