前の東京オリンピックのころ、つまり1964年ころ私は中学生でした。
ベンチャーズや寺内タケシとブルージーンズなどのエレキギターバンド全盛の時代でしたが、私はラジオから流れるセルジオメンデスとブラジル66などを聞いていました。
高校時代は、1966年のビートル来日から始まったグループサウンズの時代でした。高校の同級生たちはビートルズに夢中でした。
このころ、私は自分でラジオを作って(5球スーパーという真空管式のラジオです)、深夜放送を聞き始めました。ニッポン放送のオールナイトニッポンやTBSのパックインミュージックなどを毎晩聞いていました。アマチュア無線を始めたのもこのころです。
自作のラジオで中波帯のあちこちにダイヤルを回すと突然英語の放送局が聞こえてきました。FEN(Far East Network 米軍極東放送網)です。なんともかっこいいDJと時折流れるジャズにに耳を傾けることが多くなりました。当時は日本のラジオ放送でもジャズの番組がけっこうたくさんあり、それを探しながらジャズを聴くのが日課になっていきました。
ある日、工業高校に通っている友人の家で彼の自作のステレオで、デイブ・ブルーベック・カルテットのテイク・ファイブを聞かせてもらいました。5/4の変拍子、ポールデスモンドのサックスの甘い音、ドラムソロの音の迫力。生の演奏を聴いているようでした。この出来事は、オーディオにはまっていくきっかけになりました。
福島市という地方都市に住んでいた私には、ラジオとレコードがジャズ音源の全てでした。高校まではステレオも持っていませんでしたので、ラジオでジャズ番組を聞くということが最大の楽しみだったといえます。
この後、ジャズ、オーディオ、アマチュア無線という趣味は3本の蔦の葉のようにからみあいながら成長していくことになります。
池田さんは、VOAを聞いていたんですね。
昔はみんなラジオでJAZZを聞いていたんですよね。
今は、YouTubeですね。
とにかく様々なソースがUPされています。
外に出られないので、毎日見ています。Hi