わたしのはブログと言うより今日も生きていたという日記のような
もの。
毎日眠れないとかそんなことばかり。
何で眠れないかくらいは少しは書くけれど、それ以上のことは書か
ない。
書けば思い出すし、それでまた悩んだり辛い思いをしたり詰んだり
寝込んだりするから。
思い出したくないことや、普段考えていることやあったことをつら
つら書き出していると、余計に酷くなる。
別に共感してくれとかお涙頂戴で書いているわけではない。
その時思ったことをサラッと書いているだけ。
いつも思っていることをああでこうでと書いていたら、精神崩壊
する。
複雑で難解、どうしようもないこと、どうにも出来ないことを毎
日毎日書いていたら、死にたくなる。
毎日夕方一年前の記事はこうでしたというメールがブログから届
くけれど、やっぱり細かいことは書いてない。
最初(ここに引っ越してくる前)は結構書いていた。
でもそれをやっていると、余計に前に進むどころかバックしてし
まうので辞めた。
わたしのこの病気の原因を書き出したら一つのブログ2000字
なんかでとっても足りない。
だからその時思ったことや、したことをちょこっと書くだけ。
事の本質は書かない。
カメラやなんかのことでも書いている方がよっぽど気が楽だけれ
ど、そうそうネタだらけというわけにも行かない。
この病気と言うか状況から逃げることは出来ない。
いや、逃げようがない、どこまでもどこまでも深く、食い込んで
いる。
わたしには楽しいということとか、うれしいとか、そういう感情
が無い、あるのは悲しいという感情だけ。
なにか買い物しても楽しいいわけでもないし、旅行に行っても楽
しいわけではない、人に施しを受けても嬉しいということもない。
(感謝の気持くらいはちゃんとある)
笑うこともないし、感情を表に表すこともないし、無表情。
知らない人には「どう接していいのかわからない」と言われる。
それは仕方がないこと。
いや、仕方がないことではなく、そう言う人間にされてしまった
こと。
癒やされたいとは思っている。
少しでも、何も考えずに、柔らかい羽根布団のように、雲の上に
乗るように、ふわふわしていたい。
だけれどそんな事実際無いわけで、そこには「現実」の無碍な二
文字しか無い。
わたしは別にナルシストでも構ってちゃんでもなく「超現実主義」
な人間だ。
だからダメなのかな、もっと人に、いや人では迷惑を掛けるから
なにかに甘えればいいのか? どこかに吐き出せばいいのか?
それが出来れば苦労しないし人に相談したり出来るんだろうけれ
ど、個人的なこと、他人の悩みなんてグチャグチャ聴きたい人な
んて居ない。
自分のことは自分で解決しなければならないけれど、解決のしよ
うがないからこんななのだ。
病気の原因になる出来事が起きてから、まあ病気にもなったわけ
だけれど、人間性も替わってしまった。
いつも笑ってふざけて、社交性があって頼られることも多かった。
そんなわたしはもう居ない。
人との付き合いというものを、完全に拒んでいる。
通じるからいいけれど、一日女房と二人で家に居てわたしが一言
も喋らないことなんて珍しくもない。
人を信じるということも出来なくなってしまった。
人に限らず、何に対しても信じるということが出来なくなったと
いう方が正しいか。
人や物を「疑っている」のではなくて「信じることが出来ない」
のだ。
精神病だが精神病になった原因としての病名はある程度挙げるこ
とは出来るかもしれないけれど、症状に関してはもう数しれない
たくさんの症状があって、こうだといい切れない。
話がずれてきたけれど、わたしは毎日の悩みや思いや考えを書く
ことはこれからもないだろう。
せいぜいちょっとこうだったからダメだった、程度しか書かない。
書いていたら余計に自分が駄目になるからだ。
@ 猫だって10年前のこと覚えている。
本日の種:リコーWG6