昨日は週に一度のヨガティーチャートレーニングコースの授業がありました。
毎週水曜日の午前9時から午後1時まで、私はテルアビブにあるスタジオ【Yoga Shala】にて、仲間と共にレクチャーと練習を交えた濃厚な時間を過ごしています。
昨日はプラナヤマ(呼吸法)について2時間以上かけてみっちり勉強。
私たちの誰もが生まれた時から無意識のうちに行なっている呼吸ですが、心や体をコントロールするために先人たちは様々な技法を編み出してきました。
リラックスしているときは深くゆっくりとした呼吸をしているし、怒っている時などは息が上がり呼吸は浅くせわしなくなります。細かい作業などに集中している時は、まるで呼吸が止まっているかのようなこともありますね。
心身の状態によって変化をする呼吸。そこに着目し、逆に呼吸から心身を変化させようじゃないかという、この発想。数々の呼吸法がもたらす恩恵も然ることながら、私はいつもこの発想にうならされます。
さて、レクチャーの後は実践です。練習を通して体で理解していく時間が必ず設けられています。私はこの時間がとても大好きです。言葉で理解しきれない部分を、この時間で補っていきます。とりわけヘブライ語を母国語としない私にとっては、これはもう不可欠。
昨日の練習中に先生がこんなことを言っていました。「チャレンジしてみなくちゃ。未来に何が待っているかなんて分からないんだ。」と。つまり「やってみないことにはできるかできないかなんて分からないよ」ということです。
確かに何もしないうちから「できない」と決めつける必要などないのですが、私は恐れのためにチャレンジを避けることがよくありました。どういうわけだか、自分で限界を決めてしまうわけです。
何が怖いか。それは失敗すること。
たぶん物心ついた頃から「失敗はいけないこと」だという観念を身につけてしまったのだと思います。おかげで失敗しなさそうなものを選んで、そつなくこなす術には長けていましたが、本当に自分が好きだと思うことにがむしゃらに取り組んでみる姿勢はここ数年少しずつ養われてきたものです。
「失敗はいけないこと」、今ならそれが自分にとって役に立たない観念だとわかります。
ところが、昨日は少しばかりチャンレンジが度を過ぎたのか、練習中にバランスを崩し転倒。唇をちょっと切るアクシデントを起こしてしまいました。
これはつまり「チャレンジする」ことと「無理をする」こととを履き違えた結果。ですので、皆さんはどうかケガのないように、十分にご自分のコンディションを観察しながら練習をしてくださいね。
幸い小さなケガで済んだ私はというと、痛みと若干の苦い思いを味わいつつ、でもまぁ、いつも尻込みして後回しにしていたことにチャンレジした心意気だけは認めてあげることにしました。
ナマステ&シャローム
Nozomi
毎週水曜日の午前9時から午後1時まで、私はテルアビブにあるスタジオ【Yoga Shala】にて、仲間と共にレクチャーと練習を交えた濃厚な時間を過ごしています。
昨日はプラナヤマ(呼吸法)について2時間以上かけてみっちり勉強。
私たちの誰もが生まれた時から無意識のうちに行なっている呼吸ですが、心や体をコントロールするために先人たちは様々な技法を編み出してきました。
リラックスしているときは深くゆっくりとした呼吸をしているし、怒っている時などは息が上がり呼吸は浅くせわしなくなります。細かい作業などに集中している時は、まるで呼吸が止まっているかのようなこともありますね。
心身の状態によって変化をする呼吸。そこに着目し、逆に呼吸から心身を変化させようじゃないかという、この発想。数々の呼吸法がもたらす恩恵も然ることながら、私はいつもこの発想にうならされます。
さて、レクチャーの後は実践です。練習を通して体で理解していく時間が必ず設けられています。私はこの時間がとても大好きです。言葉で理解しきれない部分を、この時間で補っていきます。とりわけヘブライ語を母国語としない私にとっては、これはもう不可欠。
昨日の練習中に先生がこんなことを言っていました。「チャレンジしてみなくちゃ。未来に何が待っているかなんて分からないんだ。」と。つまり「やってみないことにはできるかできないかなんて分からないよ」ということです。
確かに何もしないうちから「できない」と決めつける必要などないのですが、私は恐れのためにチャレンジを避けることがよくありました。どういうわけだか、自分で限界を決めてしまうわけです。
何が怖いか。それは失敗すること。
たぶん物心ついた頃から「失敗はいけないこと」だという観念を身につけてしまったのだと思います。おかげで失敗しなさそうなものを選んで、そつなくこなす術には長けていましたが、本当に自分が好きだと思うことにがむしゃらに取り組んでみる姿勢はここ数年少しずつ養われてきたものです。
「失敗はいけないこと」、今ならそれが自分にとって役に立たない観念だとわかります。
ところが、昨日は少しばかりチャンレンジが度を過ぎたのか、練習中にバランスを崩し転倒。唇をちょっと切るアクシデントを起こしてしまいました。
これはつまり「チャレンジする」ことと「無理をする」こととを履き違えた結果。ですので、皆さんはどうかケガのないように、十分にご自分のコンディションを観察しながら練習をしてくださいね。
幸い小さなケガで済んだ私はというと、痛みと若干の苦い思いを味わいつつ、でもまぁ、いつも尻込みして後回しにしていたことにチャンレジした心意気だけは認めてあげることにしました。
ナマステ&シャローム
Nozomi
唇、大丈夫ですか?唇の傷は何気にジンジンと痛いですよね・・・。
でも、「無理をする」ということも時には必要なような気もします。
「やってみようかな、でもできないかも・・・。」という自分の壁を越えられないですもんね。
怪我はしてしまったかもしれませんが、勇気を持ってチャレンジした証しと思って、ご自分を褒めてあげてくださいね。
あ、ちなみに私、ペディキュアを塗ってる時に呼吸が止まります・・・(笑)
ご心配いただきありがとうございます。
床にぶつけた時はさすがに痛かったですが、傷もだいぶ癒えてきました。
佳代さんのおっしゃるように「チャレンジをした証し」だと思えば、なんだか誇りのようなものさえ感じてくるから不思議です。
最初は「こんなのムリムリ!」と苦手意識を抱いても、失敗を繰り返しながら獲得していったアーサナほど愛着が持てるものはありません。
私は8か月のチャレンジが実ったシルシアーサナが今一番のお気に入りです。
それは失敗しても諦めなかった自分をそこに見出せるからなのでしょうね。
まだまだ出来ないことだらけなので、お気に入りのアーサナがこれからもじゃんじゃん増えそうです。
佳代さん、ヘナタトゥーでも呼吸が止まっていそうですね。(笑)