Joy Yoga

中東イスラエルでの暮らしの中で、ヨガを通して出会う出来事あるいは想いなど。

日本映画月間

2016-02-26 22:10:52 | 日記
日本映画月間ということで、先週、先々週と日本映画を観賞。

1作目はテルアビブで『病院で死ぬということ』を、2作目はホロンで『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』を。


市川準監督の『病院で死ぬということ』は、ありふれた日常の風景が映し出されているのになんとなく異世界のような雰囲気が醸し出されていて不思議な気分になる。他の一般的な映画に比べるとカット数はかなり少なく、物語の進行は淡々としているのだが、時折、詩的な場面やセリフが挟まれていて心の琴線を不意に弾かれる。真っ白な半紙に墨汁がぽつりぽつりと滴り、じわっと広がるような感覚があった。
初めてきちんと触れる市川監督作品の感性に静かに感嘆を覚えつつ、その一方で、詩的な表現を活かすために、人間臭い葛藤や苦悩にあるエグさは薄められたのではないかという思いも抱いた。そこは観る側の想像力、あるいは人生経験で補うように求められていたのかもしれない。病院で最期を迎えるということをより現実的なテーマとして捉えるにはやや薄味に感じたので、そのうち原作も読んでみたいと思った。


『東京タワー』は上映の告知があった時から楽しみにしていた。私は原作者のリリー・フランキーさんが好きで、リリーさんの作品は粗方読んでいる。『東京タワー』ももちろん読んだ。そして、この映画は私が所有しているDVDのうちで唯一の映画作品でもある。でもなぜだか映画館では観ていなかった。いや、観ることができなかったのだと思う。

この物語が始まる舞台は福岡。私の故郷である。劇中で話される方言や「炭坑節」に懐かしさがこみ上げてきて、映画はまだ始まったばかりだというのにさっそく目頭が熱い。懐かしいものはそれだけではない。おにぎりの味、レモン柄の麦茶ポット、手紙の最後の「母より」という文字、なすびの味噌汁、ノートにしたためられた最後のメッセージなどが亡き母を彷彿させて、どうにも涙をこらえられなくなってしまった。
この映画が公開されたのが2007年4月、私の母が亡くなったのはそのひと月前の2007年3月だった。映画館に足を運んで母を懐かしむには、母を喪った哀しみがあまりにも新鮮すぎたのだ。
あれから9年経ち、いつかこの作品を映画館の大きなスクリーンで観たいという願いが、まさかここイスラエルで叶えられるとは思いもしなかった。




イスラエルの日本映画月間は3月もヘルツェリヤで続きます。
『病院で死ぬということ』は上映がありませんが、『東京タワー』は3/13にMovie Theater Lev Danielにて上映予定のようです。



ナマステ&シャローム
Nozomi


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