Joy Yoga

中東イスラエルでの暮らしの中で、ヨガを通して出会う出来事あるいは想いなど。

父と過ごした1か月

2015-07-09 23:05:33 | 日記


父がイスラエルに来ていた。

2年ぶり4度目の訪問。


日本ーイスラエル間は直行便がない為、英語の話せない父は乗り継ぎに不安があって、一人では行き来することがない。

先月、急用で日本から同伴できる機会があり、直前に予定を伺ったら二つ返事で来るとのこと。

次の一時帰国までひと月あるので、父のイスラエル滞在が、正直、ちょっと長いような気もしたのだが、私の気まぐれな都合でこの機会を先送りにして、仮にもし、万が一のことがあれば、私はきっと悔やみきれないだろうと思い直し、今回の渡航に至った。

4度目は現地ガイド役の夫が多忙で家で過ごすことが圧倒的に多く、又、子供達も大きくなって友達と遊ぶ方が楽しく、父が退屈してはいまいかと幾度も気掛かりになる。ならば、私がどこかへ連れて行けば良いのだが、家事だなんだと毎日を送っているうちになんとなくやり過ごしてしまった。

英語が話せないからイスラエルには一人で来れないと言う父が、タバコが切れた時やビールを飲みたくなった時には一人でさっさと出掛けて行くのだから、嗜好品の威力には全く感心する。
おまけにビーチのバーで若い店員の子たちとセルフィーまで撮ってきていたのには笑った。純真というか無邪気というか、時折ものすごいオープンマインドぶりを発揮する父である。


母を亡くしてから高齢者向けの集合住宅に移り住むまでの数年を、たった一人で送ってきた父にとっては、家の中に誰かしら話し相手がいることが既に喜びのようでもあった。
今回は父のそういう慎ましさに甘えながら、努めて父の傍にいるようにしていると、ぽつりぽつりと会話が生まれ、ここそこで一度も聞いたことのない話を聞くことができた。父の子供時代や青年時代の話、私が幼かった頃の話など、それらはありふれた話かもしれないが、私にとっては私の人生に繋がる大切な物語であった。
思えば、小さな会社を母と二人三脚で背負っていた忙しい父しか知らないまま18歳で家を出たので、私の僅かな記憶が父の全てのような気でいた。


長く離れて暮らしていると、いざひとつ屋根の下で生活するのはぎこちなく、互いに気を遣うことも少なくなく、思いとは裏腹につい父にきつく当たってしまうことが度々あった。そういう時というのは大抵、私自身が直したいと思っているところを、そっくりそのまま父の中に見る時だった。

「ああ、私はお父さんの子だな」と思うと、イライラも長続きはせず、また二人して何を話すわけでもなく傍に座っていた。そうしていると、どちらからともなくぽつりぽつりと会話が生まれ、いつしか必ず懐かしく感じる平和な時間が流れ始めるのだった。


今、これを書いているのは日本への帰りの機内。
離れた席に座っている父の心には、イスラエルで過ごした1か月がどのように思い出されているのだろう。
私にとってはかけがえのない時間となったのは間違いない。



Nozomi






最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (G)
2015-08-01 10:07:52
ちょうど、いま故郷にいるかな。

良い時間を過ごして、そして言葉を交わして。

それが大切なこと(ってわかってはいるんだけどね!自戒を込めて)
返信する
☆ Gさん ☆ (Nozomi)
2015-08-02 23:16:50
福岡滞在中、父とは今日の昼間にチラッと会っただけになりました。
うまく言葉を交わせなくて、少しモヤっとししたまま明日の便で発ちます。
なかなか難しいね。
返信する

コメントを投稿