単なる自分の好悪のお話です。
長州というのは今のまあ山口県です。毛利氏でした。毛利元就の時にインフレーション的拡大をした藩ですが、関ケ原で「色々あって、40万石以下の大名」になりました。
幕末は産業振興その他で、その実力は100万石に迫ったとどっかに書いてあったと思います。
「薩長」の長州ですから「有名人、有名政治家」が沢山います。
たとえば佐藤栄作。高度成長期に6年ぐらい総理をしてました。私は幼年だったので「日本の総理は佐藤栄作がずっとやる」もんだと思っていました。それぐらい長くやっていたのです。
安倍総理は「なんちゃって長州」です。本籍と選挙区は山口ですが、「東京生まれの東京育ち」、ずっと成蹊大学系の学校に行ってました。東京人ですが、何かというと「長州出身」というウソをつきます。吉田松陰の名をやたらと出しますが、多くの日本人は吉田松陰にさほどの興味はないと思います。僕もあまりありません。爺さんの岸は元A級戦犯で、佐藤栄作の兄貴です。
吉田松陰とか高杉晋作を「尊敬する」のは無理な話だと思います。なぜなら彼らが活躍した時、彼らは20代の「若造」だったのです。そして若造のまま早死にしています。20代の青年を尊敬するってのは、少なくとも僕にとっては無理な話です。
明治になって、一番出世したのは「伊藤博文」と「山縣有朋」でしょう。長く生きました。並んで有名なのは桂小五郎ですが、結核を患っており、明治になってからは精力的に活動はしていません。
桂は過激な若者ばかりの長州にあっては「大人」の風貌を備えた人で、僕なぞも嫌いではありません。特に好きでもないですが。
山縣有朋は嫌われ者で、まああまり話題になることはありません。
伊藤博文は松下村塾出身者では一番出世しましたし、ものの見方もバランスがよく、優れた政治家でしたが、なぜか「小者感」が強く、ドラマの主役とかにはならない人です。
韓国では日本より有名です。ただし「侵略者。極悪人」として有名です。ただ極悪人なら、他にもっといるような気がします。
それから上野戦争を終結した村田蔵六がいます。僕は大好きですが、知名度はほとんどありません。大村益次郎としても多少有名ですが、僕は大村益次郎は好きになれません。(同じ人物ですから論理的にはおかしいですが、日本史好きの方なら多少理解してくれると思います)
「英雄たちの選択、上野戦争」で、西郷が何かを決断したように言ってましたが、なんじゃそりゃ、という感じがします。上野戦争では西郷は指揮官の一人に過ぎません。村田蔵六が仕切ったのです。その後の戊辰戦争でも作戦をしきったのは村田で、西郷はほぼ何もやっていません。
乃木将軍も長州ですが、それが日露戦争での不幸を呼びました。彼の場合、参謀も無能だったので、兵隊の被害はとめどもなく拡大しました。収拾したのは児玉大将ですが、知名度はほとんどありません。
長州人は「地元山口への利権誘導」をあまりしませんでした。安倍総理は色々やっている気がしますが、昔の長州人は山口を特別視したりしません。
山陽新幹線にも佐藤栄作は大反対でした。あれは田中角栄がやりました。「佐藤総理の地元の山口にも新幹線ができるのですよ」という田中角栄に佐藤栄作はこう答えました。
「誰が乗るんだ。タヌキでも乗せるのか」
佐藤栄作の評価は様々でしょうが、こういう逸話など聞くと、昔の政治家はそれなりの見識を持っていたのだなと思います。角栄さんあたりから、どうも変なことになっていった気がします。
長州というのは今のまあ山口県です。毛利氏でした。毛利元就の時にインフレーション的拡大をした藩ですが、関ケ原で「色々あって、40万石以下の大名」になりました。
幕末は産業振興その他で、その実力は100万石に迫ったとどっかに書いてあったと思います。
「薩長」の長州ですから「有名人、有名政治家」が沢山います。
たとえば佐藤栄作。高度成長期に6年ぐらい総理をしてました。私は幼年だったので「日本の総理は佐藤栄作がずっとやる」もんだと思っていました。それぐらい長くやっていたのです。
安倍総理は「なんちゃって長州」です。本籍と選挙区は山口ですが、「東京生まれの東京育ち」、ずっと成蹊大学系の学校に行ってました。東京人ですが、何かというと「長州出身」というウソをつきます。吉田松陰の名をやたらと出しますが、多くの日本人は吉田松陰にさほどの興味はないと思います。僕もあまりありません。爺さんの岸は元A級戦犯で、佐藤栄作の兄貴です。
吉田松陰とか高杉晋作を「尊敬する」のは無理な話だと思います。なぜなら彼らが活躍した時、彼らは20代の「若造」だったのです。そして若造のまま早死にしています。20代の青年を尊敬するってのは、少なくとも僕にとっては無理な話です。
明治になって、一番出世したのは「伊藤博文」と「山縣有朋」でしょう。長く生きました。並んで有名なのは桂小五郎ですが、結核を患っており、明治になってからは精力的に活動はしていません。
桂は過激な若者ばかりの長州にあっては「大人」の風貌を備えた人で、僕なぞも嫌いではありません。特に好きでもないですが。
山縣有朋は嫌われ者で、まああまり話題になることはありません。
伊藤博文は松下村塾出身者では一番出世しましたし、ものの見方もバランスがよく、優れた政治家でしたが、なぜか「小者感」が強く、ドラマの主役とかにはならない人です。
韓国では日本より有名です。ただし「侵略者。極悪人」として有名です。ただ極悪人なら、他にもっといるような気がします。
それから上野戦争を終結した村田蔵六がいます。僕は大好きですが、知名度はほとんどありません。大村益次郎としても多少有名ですが、僕は大村益次郎は好きになれません。(同じ人物ですから論理的にはおかしいですが、日本史好きの方なら多少理解してくれると思います)
「英雄たちの選択、上野戦争」で、西郷が何かを決断したように言ってましたが、なんじゃそりゃ、という感じがします。上野戦争では西郷は指揮官の一人に過ぎません。村田蔵六が仕切ったのです。その後の戊辰戦争でも作戦をしきったのは村田で、西郷はほぼ何もやっていません。
乃木将軍も長州ですが、それが日露戦争での不幸を呼びました。彼の場合、参謀も無能だったので、兵隊の被害はとめどもなく拡大しました。収拾したのは児玉大将ですが、知名度はほとんどありません。
長州人は「地元山口への利権誘導」をあまりしませんでした。安倍総理は色々やっている気がしますが、昔の長州人は山口を特別視したりしません。
山陽新幹線にも佐藤栄作は大反対でした。あれは田中角栄がやりました。「佐藤総理の地元の山口にも新幹線ができるのですよ」という田中角栄に佐藤栄作はこう答えました。
「誰が乗るんだ。タヌキでも乗せるのか」
佐藤栄作の評価は様々でしょうが、こういう逸話など聞くと、昔の政治家はそれなりの見識を持っていたのだなと思います。角栄さんあたりから、どうも変なことになっていった気がします。