久しぶりの日露戦争関連の資料でございます。先ずは宛名が山形市の補充大隊本部ということでこれは何だろうでございます。そのヒントは到着印の明治40年でございます。日露戦争が終わったのが明治38年9月のことでございます。補充隊とは戦時に編成される部隊でプロの軍人が戦力の追加補充のため新兵を教育するところでございます。
この宛名の方は本部の方ですから、新兵よりはプロの軍人でありましょうか。大隊とは連隊より小さく、中隊よりは大きな軍事編成であり約500人程度とのことであります。この部隊は山形市にありますので当然日露戦争に参戦した陸軍第32連隊(霞城連隊)の留守部隊と思われます。