江戸時代から「一生に一度は参詣し、お蔭を戴きたい。」こんな庶民の信仰と観光を兼ねた由加山東参道。
出発地は、あのシーボルトも訪れた日比港手繰波止。丁石には是よりゆが山九十六丁と書かれている。
長尾地内旧道にある丁石には四十八丁と表示されている。
特別養護老人ホーム ハーモニカドゥーエ前には四十丁の丁石
日比港から由加山までの道案内のため、一丁毎に丁石を建てた世話人の総元締定吉。
備前滝定で通用し、定吉の墓は滝の正蔵院境内に残っている。
正蔵院内の定吉の墓碑
弘化4年(丁未歳正月吉日)是よりゆが山に九十六丁と記されている。由加山は俗塵を離れた山岳に建立されており、参道が長いことから、道標を兼ねて目的地までの距離を示す丁石と呼ばれる石造物がある。
「定吉は貸元として侠気を売った男のようだが、神仏に対する信仰が深かったことが知られる。 滝の正蔵院境内に、嘉永四年八月二十四日 俗名 定吉 以下略」
(玉野市誌から引用)
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