カトリック社会学者のぼやき

カトリシズムと社会学という二つの思想背景から時の流れにそって愚痴をつぶやいていく

仏教とキリスト教(その7)ー禅と神秘主義(学びあいの会)

2018-05-29 20:45:03 | 神学

 久しぶりの学びあいの会は5月28日に開かれた。新たに赴任された神父様の了解も得られて学びあいの会も継続されることになった。
 今回は仏教とキリスト教論の最終回で、テーマは禅と神秘主義である。禅を仏教の神秘主義と捉えて、禅とキリスト教神秘主義を比較する。カテキスタのS氏はエックハルト研究の専門家である京大の哲学者上田閑照を高く評価しているらしく、上田氏の論文を詳しく紹介された。

1 禅

1・1 禅とはなにか
 まず禅の紹介から入った。禅の定義を「唯名的定義」と「実存的定義」の二つに区分した。
 禅は仏教の一宗派であり、「日本禅宗三派」は、寺院数の多い順に、曹洞宗・臨済宗・黄檗宗の三つである。普通、曹洞宗は黙照禅で只管打坐を重視し、臨済宗は看話禅(かんなぜん)で公案による禅問答を重視するといわれるが、わたしはこの違いを強調するより禅としての共通性を強調する方が禅の理解には役立つと思っている。
 唯名的定義としては、「禅」とは、ヨーガスートラの第7のディアーナdiana)の漢訳で、「ディアーナ」が「禅那」になり、やがて略されて「禅」になったのだという。ヨーガは釈迦以前からインドに存在した身体技法で、座禅はヨーガの一種。技法として言えば座禅は仏教独自のものではないという。ちなみに、ヨーガスートラの7段階とは以下の通りだという。①禁戒 ②勧戒 ③坐法 ④調息 ⑤制感 ⑥凝念 ⑦静慮(ディアーナ)⑧三昧。おのおのの意味についてはここでは省略する。
 実存的定義としては、「禅」とは、打坐と静慮によって、シャカの覚りを追体験し、シャカと同じ覚りの境地に至ろうとする方法のことを言う。シャカ自身は鋭い分析的能力を持っており、その思想は分析的だったが、禅は体系性を否定し、直感を重視する。禅はダルマ(菩提達磨)により520年頃インドから中国に到来したが、やがて荘子思想(道教の源)の影響を受けて中国化する。具体的には、すべての現実のなかに真理をみるという徹底した現実肯定の思想となる(1)。S氏は禅思想の基礎概念として以下をあげられた。①只管打坐(しかんたざ) ②不立文字(ふりゅうもんじ) ③教外別伝(きょうげべつでん) ④仏祖正伝 ⑤直指単伝 ⑥己事究明。少しわかりずらいので、石井清順氏の整理を見てみよう(注2)。

①経典や文字は直接真理を伝えていないのでそれに依拠しない(不立文字・教外別伝)
②自分の本性(本質)は、本来的に清らかなものである(自性清浄)
③悟りとはその清らかな本性を認識し、自覚することにある(見性成仏・本来面目)
④正しい教えは、釈迦牟尼仏以来、師と弟子の心から心へ伝授される(以心伝心)

 つまり、禅では、仏法(真理)は文字や言葉では表現しつくすことができないという考え方が基本にある。徹底した文字や言語への不信である。「初めに言があった。言は神とともにあった。言は神であった(ヨハネ1・1 新共同訳)と述べるキリスト教とは対照的である。

1・2 公案(禅問答)
 禅問答とは、禅の指導者と弟子とのあいだで交わされる対話のことだ。だが、問いと答えの間に論理的関連が無いところに特徴がある。むしろ、問いと質問者(弟子)をはねのける全面的否定により、質問者の既成概念や世間智を打破し、直観力を養うことを目指す。言葉や文字を否定するのだからこれは難しい。公案は雲水のためのカリキュラムと説明されるようだが、教案があるとも思えない。公案は段階を踏んで徐々に難しくなったりするのだろうか。
 公案は『景徳伝燈録』などに収められた著名なものがいくつかあり、パターン化されているようだが、すべては「仏をどのように表現するか」に関わっているという。仏とは誰か、を知らせるのが、覚らせるのが、公案なのであろう。
 いくつもある公案のなかで、ダントツに有名なのは「洞山麻三斤」の公案だろう。我々もどこかで聞いたことのある公案だ。

僧問洞山、如何是仏。               僧、洞山に問う、如何なるか是れ仏。
洞山云、麻三斤。                     洞山云く、麻三斤。

 普通の訳は、「僧が洞山に質問した、仏とはどのようなものですか」 洞山が答えた、「重さ三斤の麻布だ」。
 麻三斤って何のことだ。これでは答えになっていない、というのが初めてこの公案に出合う人の最初の反応だろう。いろいろな解釈があるようだが、現在主流の解釈では、麻は麻布、三斤は僧侶が着る袈裟一着(一領)分の重さのことだという。つまり、洞山は仏とは袈裟一着分の麻布だと答えたことになる。つまり、「麻三斤分の袈裟を身にまとっているあなた自身のことだ」となる。「仏とはあなた自身のことだ」となる。自分の本質は仏であることを知ることが「悟り」(覚りとも)だといっていることになる。わかったような、わからないような話だが、文字や言葉を使わずに覚りを促そうとするのだから致し方あるまい。
 このほか、「如何是祖師西来意 庭前柏樹子」、「狗子仏性 無」という公案も考えてみた。「庭前柏樹子」の話もよく知られている。それにしても公案はなぞなぞみたいで楽しい。

2 神秘主義

2・1 神秘主義
 神秘主義とはラテン語のMysticaの訳語だが、もともとキリスト教の用語で、神との一致体験をさし、しかも神からの一方的働きかけが強調される。元来キリスト教用語だと言うことを忘れてはいけない。ところが、絶対者(神や仏や宇宙)との一致体験や修行(人間の側の努力)も含むようになり、神秘主義の概念が拡大定義されてくる。そのため、現在では仏教やヒンズー教などキリスト教以外の宗教にも神秘主義に対応するものが見られるといわれる。今日、曼荼羅は仏教の神秘主義だ、と表現されてもあまり違和感はないのではないか。
 キリスト教神秘主義は、トマス・アクイナスによれば、 cognito experimentalis de Deo (神の体験的認識)と定義される。神を分析的にではなく、直感的に認識することをいう。ただし信仰が前提で、憑依のような体験のみを重視する心理主義的解釈は強く否定される。
 ついで、キリスト教神秘主義の歴史の概略が紹介された。S氏の好みか12世紀からのドイツ神秘主義の歴史が中心で、初期のニッサのグレゴリオ(4世紀)、ディオニュソス(ディオニュシオス 5世紀末)ら、中世のクレルヴォーのベルナルド(12世紀)、十字架の聖ヨハネ(16世紀)らが十分には触れられなかったのは残念だった。

2・2 二つの論争
 とはいえ、神秘主義を巡る二つの論争が言及された。一つはラグランジュ対フローラン論争で、神秘主義の定義を巡る論争だ。もう一つはエックハルト論争で、エックハルトの評価を巡る論争である。ラグランジュ論争とは、第二バチカン公会議以前の霊性神学(修徳神学)を支えていたラグランジュの神秘主義論をめぐるものだ。ラグランジュは、「小さな神秘体験」を唱え、神秘的体験はすべての信仰実践にあり得る、誰にでも神秘的体験は起こりうるとした。他方、フローランに代表される伝統的な解釈は「大きな神秘体験」とよばれ、神秘的体験は特別なケースで、「聖痕」とか「脱魂」とかにみられるという。第二バチカン公会議以前はラグランジュ説が多数派で、修徳神秘神学を基礎づけていた。だが、第二バチカン公会議以降、この修徳神秘神学は力を失っていく。神秘神学は現代の神学校では主要な科目ではないようだ(注3)。
 エックハルト論争は、13世紀中世ドイツの神学者であるエックハルトの神秘主義論が死後時の教皇により異端の嫌疑をかけられ、いまだ復権の名誉が回復されていないことの評価をめぐるものだ。エックハルトは教会当局から非難され、「神秘家たちの間のガリレオ」といった扱いを受けている。鈴木大拙や上田閑照のようにエックハルトの神秘神学は禅仏教と共通する点が多いと指摘する学者は多い。だが、ヴァチカンはガリレオの評価は変えたのに、エックハルトの評価はいまだ変えていないようだ。次項でもう少し検討してみる。

2・3 ドイツ神秘主義
 ドイツ神秘主義は12世紀から中世末まで盛んであった。広狭二つの説明があるようだ。広義のドイツ神秘神学は、シトー会、フランシスコ会、ドミニコ会、ベネディクト会、カルトウシオ会などの霊性全般を指し、15世紀末まで大きな影響力を持っていたという。
 狭義のドイツ神秘神学とは13~14世紀のドミニコ会の神秘主義をさす。エックハルト、タウラー、ゾイゼを頂点とするドミニコ会は霊性神学を深めた。他方、フランシスコ会は一般民衆への宣教で民衆の霊性向上に努めた。ボナベントゥラの名前は忘れることはできない。また、ライン川沿いの各都市に女子修道院がつくられ、女性たちによる神秘主義も発展する。ビンゲンのヒルデガルト、シェーナのエリザベートらの功績は大きいらしい

2・4 エックハルト Johannes Eckhart (1260-1327)
 ドミニコ会。ザクセン管区長。民衆の霊的指導のための説教が素晴らしく、名声を博す。万物を超越した神という概念は、神のペルソナ性を超えるために、1326年時のケルン大司教であったハインリッヒ二世により異端審問が開始される。エックハルトは『弁明書』で自分の思想の正当性を訴えるも1327年に死去。1329年に教皇ヨハネス22世は汎神論の疑いがあるとして異端と認定した(DS95-980)(注4)。
 エックハルトは理屈だけではなく、とても活動的な人だったようで、遁世とか怠惰な内的享受を批判し、隣人への奉仕を優先したという。その教説は以下のように整理されるようだ。

①関心は人間の魂と神の一致。神は純粋な存在で、あらゆる事物の中に神は現有する。
②人間は被造物から離脱しなければ神に近づけない。清貧・孤独・独身による魂の解放、過去・未来への固執からの解放、謙譲・自己滅却こそが人間を内面の自由に導く。
③神との一致のためには不断の内的鍛錬が必要。神へ向かっての突破(Durchbrech)がある。
④被造物はそれ自体は無。固有の存在を神に負っていて、神の存在と一である(この主張が汎神論だという誤解を生んだ)。
⑤神を概念化したり、対象化したりしないで、自らを神へ開き、直接把握する。
⑥魂の内奥において神の誕生を実現する。人間は心の内奥において神の子となる。
⑦神との一致によって人間は神の業に参与する。

 まるで禅の本を読んでいるような印象を受ける。彼の思想的特徴としては2点挙げられるという。まず、「魂の内奥における神の誕生」という考え方は、オリゲネス、ディオニュソス、アクイナスらの影響による。また、教会の教えと秘跡に対して忠実な態度や、民衆への霊的指導への熱意は明らかで、反教会的な姿勢はみられない。ジョンストン師はその著『愛と英知の道』のなかで、「なぜエックハルトは非難されたのでしょうか・・・エックハルトが仏教徒とキリスト教徒の対話の先駆者でもあるからです」(116頁)と述べている。少し言い過ぎの感がしないでもないが、神秘主義神学がキリスト教神学のなかで占める位置を暗示している。
 少し長くなったので、続きは次稿にまわしたい。

注1 社会学も、その実証主義精神だけをとりだせば現実肯定の思想といえようが、、自分の理論が現実をうまく説明できなくとも「現実の方がが間違っている」と叫んだと言われるヘーゲルほどではないにせよ、M・ウエーバーに代表される理想主義の伝統も根強い。パーソンスによれば主意主義という補助線を引かないとこういう整理の仕方は危うい。
注2 石井清順『禅問答入門』 角川選書 2010
注3 ジョンストン師の霊性神学の強調はこの文脈でももっと高く評価されても良い。
注4 この「DS・・・」という表記の仕方は神学ではよく出てくるが、カト研の人はわかっていても、なじみが無い人もいるようなのでここでふれておきたい。これは、ヘンリク・デンツィンガー(Heinrich Joseph Dominicus Denzinger 1819-1883)が作った「カトリック教会文書資料集」で、要はカトリック神学の神学命題全集みたいなものだという。後にイエズス会のシェーンメッツァー(Adolfus Schonmetzer)が改訂したため、「デンツィンガー・シェーンメッツァー」(DS)と一般に呼ばれるようになる。後ろの数字は命題につけられた番号である。モーツアルトのケッヘル番号のようなクラシック音楽の作品番号みたいなものらしい。わたしも資料そのものを読んだことはない。

 

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