安藤先生の月刊ブログ 「きらめき」

何気ない毎日に"きらめき"を感じていますか?

必然であること

2020年04月15日 | 月刊ブログ

 淡いピンクの桜は満開を迎えました。何事もなかったかのように、いつものように見る人の心をやさしく温めてくれました。そして、いつの間にか、惜しまれ、散っていきました。

 新型コロナウイルスの猛威は留まるところを知らず、首都圏のみならず地方へも確実に広がりを見せています。長い間お茶の間に笑いを届けてきた志村けんさんの逝去は、私たちに大きな打撃を与えました。老若男女、誰からも慕われた彼の死は、感染症の怖さを私たちに刻印するかのようでした。

 学校内では、新入生事前学習の中止、オリエンテーションの時間短縮、入学式の縮小、毎年行う「合格祈願祭」の中止、入学式後の保護者向け「公務員試験について」説明会も中止としました。教室の席割も間隔を空けて、換気を定期的に行い、昼休みには机を消毒するなど環境についても細心の注意を払っています。もちろんマスク着用、登校時の体温検査などは当然のことです。

 

 先週から通常通り授業がスタートしました。本校は公務員になるための学校なので、実施日程が決まっている公務員試験に合格するためには、授業を遅らせることはできません。入学してきた学生を確実に合格させるために、時間との戦いでもあります。

 初めての授業で、改めて一人ひとりの顔を見ると、ここに来てくれてこれから同じ教室で同志になるこの「偶然」は、月日を経ていくごとに、「必然」だったのだと感じてくれたらいいなと思いました。

 偶然に公務員試験に合格することはありません。合格するには、合格するだけの必然があるのです。それは個々の努力だけでなく他にも自分以外のモノやヒトから受け取る「縁」みたいなものがあるのではないかと思います。その周りからもらう目に見えない力が必然を生み出すのではないかと思うのです。

 偶然を必然に変えるためには、もちろんその出会いを大切にする、ということ。すぐに人を良い悪い、自分と合う合わないと判断しないこと。せっかくの偶然の出会いを自分から拒絶しないこと。チャンスがあればたくさんの人と積極的に接すること。そしてせっかくできた縁を自分から断たないこと。

 この学校に集まったたくさんの人たちが、この縁を必然と考え、お互いに刺激を与えながら、個々の力を伸ばし人として大きく成長してもらいたいと思っています。

 

 もう、15年も前になります。佐世保市で大久保小学校の悲惨な殺傷事件が起こった後、長崎大学「心の教室」主催で行われた「子供の心と向き合うために」の講座が開講されました。定員100名のところ佐世保市周辺から200名近くの申し込みがあったと聞いています。トータル3年にも及ぶ長い時間をかけて、子供たちの命を守るために大人は何ができるのかということを皆で考え、子供への向き合い方を学ぶ講座でした。

 その最終日最終時間にたまたま同じロールプレイングのグループになった私たち3人は、修了するときにこのままお別れするのは寂しいねと、それから定期的に集まるようになり、それがもう10年以上も続いています。その偶然の出会いから、年月を重ねるごとにいろいろなお話をして、お二人からは人生の先輩としてたくさんのアドバイスをいただいたりしてきました。私のその後の人生に大きな影響を受けたお二人との出会いは、今となっては必然なのではないかと思うのです。

 偶然と必然、国語的には反対の意味になるのですが、この二つは、同じ線上にあるのではないかと思えてなりません。

 2ヵ月に一度の、楽しみにしているランチでしたが、今月はコロナウィルス感染予防のため延期にすることになりました。たくさんお話をしたかったのに、とても残念です。何もない日常こそが何よりなのだと、気づかされます。

  

 そういえば、この学校に入学して偶然同じクラスになった学生同士が結婚して幸せに暮らしているのは、やはりそれは確かに必然と言えるでしょう。

 

 今月の花も春を豪華に彩るチューリップです。赤い花びらのフリンジがとてもかわいらしいですね。

 

Photo by mizutani


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