旅とエッセイ 胡蝶の夢

横浜在住。世界、50ヵ国以上は行った。最近は、日本の南の島々に興味がある。

本性を見た。  

2016年06月11日 17時59分35秒 | エッセイ
本性を見た。   

 その日、稲光がして海は荒れていたが不思議と雨は降ってこなかった。我々は沖にある巨大な防波堤に船で渡り、暮れてゆく海に釣り糸を垂らした。左右にいくつもの針が突き出た、ゴツくて不細工な仕掛けだ。そこに餌を巻きつけ、テトラポットの穴の底まで下ろす。当たりがあっても我慢して待ち、待って待ってもうこれで充分、ガツガツ引いているとなったらリールを巻いて強引に引き抜く。ターゲットは伊勢海老だ。仕掛けのロスも多い。荒っぽい釣りで、漁業権はないから厳密に言えば密漁だ。嵐の夜には相応しい。
 だがその日はいかにも天気が悪すぎた。稲妻の音を恐れたように獲物が出てこない。いくつか子供の伊勢海老がかかったが、親の海老は上がらない。良い当たりがあっても巻き上げてみると、大ていは大きなカニだった。甲羅に海草が生えている、鋏の大きな20cmほどもあるカニだ。これはこれで身は少ないが、味噌汁に入れると実によいダシが出てうまい。
 この日のメンバーに、釣りに慣れていない男が入っていた。彼はカニを釣り上げ、仕掛けから外すのに四苦八苦していた。暗くて風の吹く堤防の上で、針と糸にグチャグチャに絡まったエビやカニを外すのは容易ではない。獲物はトゲトゲしていて片時もじっとしていない。逃走しようと必死だ。前回同行した女の子は、泣きながら海老を外していたそうだ。その気持ちはよく分かる。
 ところが新メンバーの男は、外すのが大変だと分かると立ち上がってグシャ、カニを思い切り踏み潰した。そしてグシャグシャになったカニの残骸から仕掛けを回収した。何かそれを見ていて、寒々しい気持ちになった。まあ自分もきれいにカニを捕まえたところで、釜茹でにしてしまうのだから大した違いは無いのかもしれない。
 でもあの日、あの場所で男に対して感じたイヤーな気持ちは、後になって当たっていたことを身に沁みて思い知らされた。話し方は丁寧で、笑顔を絶やさないが、心根は冷酷な男だった。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿