9月19日は、敬老の日。今年から自治会の役員となり、70才以上の方約150人に、粗品をお届けに上がった。
8月頃に粗品の数を確かめるために名簿提出をお願いしたのだが、その後3人の方がお亡くなりになられた。
そして、今日、役員が二手に分かれて届けに上がった。
だいがいは、自分が住んでいるエリアを担当し、私の班の方のお宅に伺った。その家のおばあちゃんは、足腰が弱っており、呼び鈴を押してもいつもなかなか出てこられない。
お天気の良い日には、買い物用の手押し車を使って歩く練習をされていた。息子さんと住んでおられるのだが、「自分でやれることはやれるようにしておかないとね」と一日数回、我が家の前の路地を往復されておられた。
私が草むしりをしていると、いつも声を掛けてくれ、ちょっと立ち話をするのがお互い楽しかった。
ところが、今日は、呼び鈴を鳴らして、玄関に向かったら、人がいるようで、すぐに玄関を開けてくれた。
あら、敬老の日なので、ご親戚が集まられているのかと思ったら、昨日の朝亡くなられたとのことだった。
頑張っておられたので、折角ですからと粗品をもらっていただいたが、知っている方だけにショックだった。
91才だったとのこと、ご冥福をお祈りします。
「高齢化」という無機質な言い方だと、あまり感じないが、〇〇さんちのおばあちゃんという知った方が亡くなられるのは、やはりショックだ。
私も、90才まであと20年。長いような気もするが、おそらくあっと言う間だろう。20年をどうやって暮らすか、どんな死にざまにするか、そろそろ真剣に考えないと。
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