前にこのブログで紹介したオガールを実際に見たくなり、そろそろ季節も良いころなので、出かけてきました。
お話は前に松戸市での講演会でうかがっており、それ以上の質問も思い浮かばないので、ともかく自分の目で見ることと、線路の向こう側の旧町役場の辺りの人たちがオガールをどう見ているのだろうということが気になっていました。
オガールのある紫波中央駅は、盛岡から紫波中央は、電車で18分でしかない。新宿から田無に来るより近いのだ。ただし、1時間に1~2本しかないから、地元の人は不便だという。それでも、車社会なので、若い人にとっては、まったく通勤圏なのだ。
中央駅ができてからは、オガールができる前にすでに分譲が始まっており、朝散歩していた方は、もう定年とのことだが、そちらにお住まいとのことだった。
オガールが出来、町がエコ住宅というモデルに沿えば補助金も出すということもあり、周辺は、どんどん家が建っている。若い世帯も多そうだ。
こういう世帯にしてみれば、おしゃれで子供も芝生で遊ばせることができるオガールは、なかなか良い空間といえる。マルシェ(地元の新鮮な食材)もあるし、診療所もあるし、公民館(交流館)もあるし、おしゃれなバーや居酒屋などもある。お母さんにとってもお父さんにとっても、住みやすいと思えるのだろう。西東京市の公民館等より、ずっとおしゃれな感じだ。音楽の練習もできる部屋もあり、図書館には、「音楽やろうよ」といったコーナーもある。西東京市のぴっころのようなお母さんと子どもがいられるサロンの場所もある。
写真1:宿泊したオガール・イン(配管がむき出しだが、心地よい部屋、大きなお風呂にも入れる)
写真2:分譲中
写真3:バレーボール場
写真4:交流館では、女性が編み物やキルティングなどの教室をやっていた 子供といられるサロン(お弁当持ちの日もあるらしい)
写真5:図書館と音楽コーナー 言われているように、農業コーナーが充実してました 地元の歴史を学ぼうというのが現在の特集らしい(日詰でみつけた井戸や馬の駅みたいなのもそこで見た本をきっかけに注意を払ったからかも)
写真6:新しい役場とその中 旧市街に残る役場
写真7:マルシェと出荷した人の名がかかれた名札
オガールをほぼ見学したので、別のエリアを見たいと思い、タクシーで観光しようかと思ったのだが、駅まで行ったら、バスが3台出るところだった。聞いてみると、買い物や病院へ行く高齢者のためのバスらしく、巡回するのではなく、その時間に乗り合わせて、病院や温泉やショッピングセンターにまで乗せていき、そこから営業所に戻るのだという。きっと、帰りの時間などにまた便があるのだろう。
病院にも、温泉にも興味がなかったので、NAKSというショッピングセンター行きのバスに乗ってみた。市内のいろいろなところを回るので、初めて来て土地勘がない場合には、それなりに意味がある。
ショッピングセンター行きなのだが、ほとんどの人は整形外科のある病院前で降りてしまった。足の悪い高齢(もしかすると私より若いかも)の方と2人がNACSまで行った。
ひととおり見回して、帰ろうとしたら、さっきの方がまずソファーで休まれていたので、私も手術して人工関節になり、リハビリで歩けるようになったという話をしたら、その方は、癌も併発していたので、足の医者がやめておいた方がよいといって手術はしなかったのだという。娘や息子は、いるが皆東京などで所帯をもっているらしく、時折心配してきてくれるが、一人で生きていかなければならないので、歩くようにしているのだというようなことを言われていた。畑はつらいので、今は、自分が食べる分だけ作っているが、足腰が悪いので、なかなかはかどらない、お米を買うのが切ないが・・というようなお話だった。
私は、たまたま北海道にいて、帰郷した折に、人工関節では著名な先生が地元におられるというので、夏休みの間に手術をすることができたのだが、もしかすると、地方では、手術件数の多い医者が居ないのかもしれない。
畑をやって子供たちに教育をつけさせ、良い仕事につかせても、(子供なりに老母を気にしてはいるにしても)親が高齢で病気がちになったからといって、誕生日とか快気祝いなどには集まってくれるにせよ、なかなか日常的に見てあげることはできないのだろう。 高齢になった親を子供たちが見る(そのために子供たちの生活が犠牲になる)というのも、良いこととは思えない。子供は、独立し、羽ばたいていったらそれはそれでハッピーなことだ。今日では、家ではなく本人同士が結婚するのであるから、本人の生活を第一に思うのも、もっともなことだ。親たちは、そう自分に言い聞かせつつも、心が切ないのだろうと思う。(一ノ関から気仙沼に行く間にずっとおしゃべりをしていたお父さんも同じようなことを言っていた。そうしたら、後に読んだ月刊文春にも、年寄は長生きしすぎたのではないかとの自戒の文が掲載されていた。)でも、私とおしゃべりしただけでも、彼女は、ちょっと嬉しかったかもしれない。
そのあと、日詰の商店街に行ってみた。予想外に北上川が近く、昔は、水運で栄えたらしい。
日詰の商店街は、昔ほど元気ではなかったものの、北上川周辺の昔からの人たちは、日常的には、ここで買い物などをしているようだ。ちょうど、先ほどNACSで出会った方が美味しいと言われていた「なんバザ・ホール」に出くわしたので、お勧めの鯛焼きをお昼替わりにした。そのあと、運動公園のある辺りにいったら、北上川が見えた。しだれ桜が満開で、鳥がさえずり、心地よかった。
写真1:北上川と運動公園の桜、並木
写真2:なんバザ・ホールに出荷している人たちの写真、鯛焼き
写真3:井戸を掘ったことが歴史的なこととして子供たちがしらべたりしている 街道筋で馬がつながれていたところ?
写真4:立ち寄った喫茶店のオーナーとキッズスペース(この人は転勤族で定年で戻ってきて店をひらいたらしい)
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