http://diamond.jp/articles/-/91567より転載
安倍政権を支える右翼組織「日本会議」の行動原理(上)
「日本会議の研究」著者・菅野完氏インタビュー
美しい日本の再建と誇りある国造りのために、政策提言と国民運動を推進する──。「日本会議」という保守系の民間団体がある。安倍晋三内閣と極めて近い関係にあることで注目を浴びている組織だ。
実に、現在の安倍内閣の主要閣僚19人中15人と約8割が日本会議のメンバーであり、昨年夏の安保法制を合憲とした3人の憲法学者をはじめ、安倍政権の周辺のさまざまな団体・人脈が、日本会議関係者で構成されているのだ。
まさに政権と一体化したかのような勢力を持つ日本会議とはいかなる来歴を持ち、どんな構造の中で、何を目指しているのか。まさに、今の日本の「右傾化」の淵源というべき、この団体の実態を詳らかにした『日本会議の研究』(扶桑社新書)が話題を呼んでいる。
発売は4月30日。初版で8000部、発売前に3000部増刷したが、それでも売り切れ書店が続出。アマゾンでも品切れで、中古本には4000円~1万2000円もの高値が付いた(5月20日に重版出来、書店に再び並び始めた模様)。
発売日には、出版元の扶桑社に日本会議から出版差し止めの申し入れがあったことも明らかになり、さらに話題に火がついた。
著者の菅野完氏に、本書で伝えたかったことは何かを聞いた。
安倍政権で初めて「天聴に達した」
著述家。1974年、奈良県生まれ。一般企業のサラリーマンとして勤務するかたわら執筆活動を開始。退職後の2015年より主に政治経済分野での執筆を本格化させる。
──菅野さんは、ツイッターで自分の住所や携帯電話番号まで公表していますが、抗議の電話とかはありませんでしたか。
僕のところにはまったくありません。扶桑社には抗議の電話が何本か掛かってきたようですが、すぐ収まったように聞いています。
──元々はウェブでの連載でしたね。
自分なりに調べてきたことを、去年の1月からツイッターで書き始めたのが最初です。どのメディアにも書く当てがなかったので、ツイッターで書いていたところ、興味を持ってくれた扶桑社の編集者から連絡があり、同社のハーバービジネスオンラインで「草の根保守の蠢動」という連載を始めました。
──日本会議については、これまで新聞や雑誌で単発記事はあっても、ここまで詳細に調査した書籍はありせんでした。
みんな馬鹿にしてたんでしょう。過去の政権でも為政者には常に取り巻きはいたわけで、そうした取り巻きの一つといったイメージだったんでしょうね。
しかし、日本会議は、そのときどきの為政者の志向とは関係なく、歴代の自民党総裁には常に強烈な意思を送り続けてきた。戦前の言葉で言うと、初めて「天聴に達した」のが安倍さんだったということですね。
──為政者に働きかける団体というと、自分たちへの利益誘導が主目的だと思われますが、必ずしも誰かの懐を肥やすことが目的ではないというのも、一般の人のイメージと違います。
本書でも詳しく書いていますが、日本会議を実際に運営しているのは、「日本青年協議会」という右翼団体で、そもそもは70年安保の時代に活躍した「生長の家学生会全国総連合」の闘士たちが源流です。ただし現在は、宗教団体である「生長の家」は日本会議とは一切の人的交流はありません。一方で、神道系、仏教系、その他新興宗教の各種宗教団体の関係者が、日本会議の役員の3分の1以上を占め、極めて宗教色の強い団体となっています。
そのため、「宗教的な情熱が彼らのエネルギーやモチベーションになっている」と分析する人が多いのですが、僕は彼らをつないでいる横糸は、単に「左翼が嫌い」というメンタリティだと考えています。その意味では昔からいる愛国おじさんたちの「床屋清談」となんら変わらない。決して「自分の宗教の信者を増やしたい」であるとか「お布施が欲しい」なんかではない。
右翼といえば、戦闘服を着て、軍歌を流しながら街宣車に乗っている姿を想像しがちですが、本当の右翼は背広を着てデモをして署名集めをしているんですよ。で、政権を動かすフィクサーといえば葉山の別荘とかゴルフ場で首相と密談をしているようなイメージを抱きがちですが、日本会議のメンバーはゴルフどころか、土日はデモや署名集めをやっているんです。そういう意味では、日本会議は、これまで我々が抱きがちな「政権に影響力を与える取り巻き」というイメージをことごとく覆す存在だということです。
左翼の手法を学び、真似る
──デモや署名活動といえば、逆に左翼の手法です。一般的な右翼のイメージとはまるで違いますね。
まさに、そういう「イメージとの乖離」を書きたかったわけです。
「68年の反乱」という言葉で表現されるあの学生運動の嵐は、フランス、アメリカ、イギリス、そして日本と、世界中で同時多発的に起こりました。あの時、世界中で学生たちが声を上げた。しかし彼らはことごとくあのタイミングで負けます。ですが、例えばヨーロッパのリベラル勢力は、その後も「一歩後退二歩前進」を運動の中で繰り返しながら、冷戦崩壊後の90年代、2000年代になって各国の政権を担うまでに至りました。アメリカでさえそういう側面がある。
これまで「日本ではそういう動きは起こらなかった」というのが通説でしたが、実際は違っていて、日本でも、学生運動の嵐を経験した人々は、「一歩後退二歩前進」を繰り返しながら、今や政権に大きな影響を与えるようになった。それが日本会議なわけです。そういう意味では、日本でも世界標準の出来事が起こっている。ただし、日本だけはそうした人々がリベラル陣営ではなく、保守陣営だったということです。
では、なぜ日本ではリベラル勢力が力を持ち得なかったのか。それは、あえて研究するまでもなく、ただただリベラル勢力が傲慢で怠慢だったからだろうと思います。日本会議はリベラル勢力から、運動の仕方から使う言葉からデモのやり方まで学んで真似た。そして彼らは「68年の反乱」から飽きることなく地道にそれをやり続けたわけです。その間、リベラル勢力は常に内ゲバと路線対立を繰り広げるのみだった。言ってみれば、日本会議が勝ったのではなく、リベラルが勝手に自壊したようなものでしょう。
地方にいる愛国おじさん・おばさんの日常
──「宗教右派」という点では、進化論を学校で教えるな、などの主張をして「反知性主義」と指摘される、アメリカのキリスト教プロテスタントの福音派とも似ていますね。
似てます。言っていることも似ているんです。学校で宗教(道徳)を教えろとか、子供に悪影響を与える表現を規制すべきだといったり、人工中絶に反対だったり。でも日本会議をアメリカの福音派のように比較的統制の取れた団体と見ると実態を見誤ります。
日本会議の場合、運動は上から下に落ちてくるのではなく、下から上に上がっていくんです。日本会議を一糸乱れぬ大きな組織と見るのは誤りで、地方の人々の自主性に運動は任されていて、ここぞというときに中央の人──僕は「一群の人々」と呼んでいますが──が出てきてうまいことまとめる。そのさじ加減が上手なんです。
──まさに、ウェブ連載のタイトルである「草の根保守の蠢動」というわけですね。
先ほどもお話しした通り、日本会議の運動はボトムアップの色彩が強い。もちろん、僕が今回の本で指摘する「一群の人々」がさまざまな言論活動を通じて、ボトムアップの「種」のようなものを全国に蒔き、水をやり、育て…という側面は濃厚にあります。でもやっぱり、「地方発」「草の根」というのは、日本会議の特色です。地方にいる愛国おじさん・愛国おばさんがマニュファクチャーのような運動を始める。そうした多数のマニュファクチャーを統合して、一大重工業コングロマリットにしているテクノクラートがいる感じですね。
今回の本は、結果としてそのテクノクラートたちのメンタリティと仕事のメカニズムが面白くて、そこに集中してしまい、日本会議の上部の概説になりましたが、本当はもっと草の根のことを書きたかった。地方にたくさんいる愛国おじさん、愛国おばさんの日常を本来は書きたかったんです。それは次回作以降の課題ですね。
あと、これも今回の本にもあまり出しませんでしたが、地元のマニュファクチャーを担う愛国おじさん・愛国おばさんたちは、憲法9条改正を優先してたり、緊急事態条項を優先してたり、信じている宗教が違ったりと、極めて多種多様なんですけれども、先ほど言ったように「左翼が嫌い」という横糸が通っている。その横糸で大同団結できる。
実は、もう一つの横糸もあって、それは「ミソジニー(女性蔑視)」なんです。憲法改正であったり、夫婦別姓反対であったり、男女共同参画事業反対であったりと、日本会議は様々な運動を繰り広げますが、それらすべては突き詰めると、ミソジニーが動かす社会運動であるという点も興味深いところです。
(聞き手/「ダイヤモンド・オンライン」編集長 深澤 献)
>>続編に続く
安倍政権を支える右翼組織「日本会議」の行動原理(下)~「日本会議の研究」著者・菅野完氏インタビュー