異教の地「日本」 ~二つの愛する”J”のために!

言論宗教の自由が保障され、ひとりひとりの人権が尊ばれ、共に生きることを喜ぶ、愛すべき日本の地であることを願う。

安倍政権を支える右翼組織「日本会議」の行動原理(上)~「日本会議の研究」著者・菅野完氏インタビュー

2016-05-21 20:08:27 | 日本会議  神道政治連盟

ダイヤモンド・オンライン http://diamond.jp/articles/-/91567より転載

安倍政権を支える右翼組織「日本会議」の行動原理(上)

「日本会議の研究」著者・菅野完氏インタビュー

ダイヤモンド・オンライン編集部
2016年5月20日
 

 美しい日本の再建と誇りある国造りのために、政策提言と国民運動を推進する──。「日本会議」という保守系の民間団体がある。安倍晋三内閣と極めて近い関係にあることで注目を浴びている組織だ。

写真はイメージです

 実に、現在の安倍内閣の主要閣僚19人中15人と約8割が日本会議のメンバーであり、昨年夏の安保法制を合憲とした3人の憲法学者をはじめ、安倍政権の周辺のさまざまな団体・人脈が、日本会議関係者で構成されているのだ。

 まさに政権と一体化したかのような勢力を持つ日本会議とはいかなる来歴を持ち、どんな構造の中で、何を目指しているのか。まさに、今の日本の「右傾化」の淵源というべき、この団体の実態を詳らかにした『日本会議の研究』(扶桑社新書)が話題を呼んでいる。

 発売は4月30日。初版で8000部、発売前に3000部増刷したが、それでも売り切れ書店が続出。アマゾンでも品切れで、中古本には4000円~1万2000円もの高値が付いた(5月20日に重版出来、書店に再び並び始めた模様)。

 発売日には、出版元の扶桑社に日本会議から出版差し止めの申し入れがあったことも明らかになり、さらに話題に火がついた。

 著者の菅野完氏に、本書で伝えたかったことは何かを聞いた。

安倍政権で初めて「天聴に達した」

すがの・たもつ
著述家。1974年、奈良県生まれ。一般企業のサラリーマンとして勤務するかたわら執筆活動を開始。退職後の2015年より主に政治経済分野での執筆を本格化させる。

──菅野さんは、ツイッターで自分の住所や携帯電話番号まで公表していますが、抗議の電話とかはありませんでしたか。

 僕のところにはまったくありません。扶桑社には抗議の電話が何本か掛かってきたようですが、すぐ収まったように聞いています。

──元々はウェブでの連載でしたね。

 自分なりに調べてきたことを、去年の1月からツイッターで書き始めたのが最初です。どのメディアにも書く当てがなかったので、ツイッターで書いていたところ、興味を持ってくれた扶桑社の編集者から連絡があり、同社のハーバービジネスオンラインで「草の根保守の蠢動」という連載を始めました。

──日本会議については、これまで新聞や雑誌で単発記事はあっても、ここまで詳細に調査した書籍はありせんでした。

 みんな馬鹿にしてたんでしょう。過去の政権でも為政者には常に取り巻きはいたわけで、そうした取り巻きの一つといったイメージだったんでしょうね。

 しかし、日本会議は、そのときどきの為政者の志向とは関係なく、歴代の自民党総裁には常に強烈な意思を送り続けてきた。戦前の言葉で言うと、初めて「天聴に達した」のが安倍さんだったということですね。

──為政者に働きかける団体というと、自分たちへの利益誘導が主目的だと思われますが、必ずしも誰かの懐を肥やすことが目的ではないというのも、一般の人のイメージと違います。

 本書でも詳しく書いていますが、日本会議を実際に運営しているのは、「日本青年協議会」という右翼団体で、そもそもは70年安保の時代に活躍した「生長の家学生会全国総連合」の闘士たちが源流です。ただし現在は、宗教団体である「生長の家」は日本会議とは一切の人的交流はありません。一方で、神道系、仏教系、その他新興宗教の各種宗教団体の関係者が、日本会議の役員の3分の1以上を占め、極めて宗教色の強い団体となっています。

 そのため、「宗教的な情熱が彼らのエネルギーやモチベーションになっている」と分析する人が多いのですが、僕は彼らをつないでいる横糸は、単に「左翼が嫌い」というメンタリティだと考えています。その意味では昔からいる愛国おじさんたちの「床屋清談」となんら変わらない。決して「自分の宗教の信者を増やしたい」であるとか「お布施が欲しい」なんかではない。

 右翼といえば、戦闘服を着て、軍歌を流しながら街宣車に乗っている姿を想像しがちですが、本当の右翼は背広を着てデモをして署名集めをしているんですよ。で、政権を動かすフィクサーといえば葉山の別荘とかゴルフ場で首相と密談をしているようなイメージを抱きがちですが、日本会議のメンバーはゴルフどころか、土日はデモや署名集めをやっているんです。そういう意味では、日本会議は、これまで我々が抱きがちな「政権に影響力を与える取り巻き」というイメージをことごとく覆す存在だということです。

左翼の手法を学び、真似る

──デモや署名活動といえば、逆に左翼の手法です。一般的な右翼のイメージとはまるで違いますね。

 まさに、そういう「イメージとの乖離」を書きたかったわけです。

 「68年の反乱」という言葉で表現されるあの学生運動の嵐は、フランス、アメリカ、イギリス、そして日本と、世界中で同時多発的に起こりました。あの時、世界中で学生たちが声を上げた。しかし彼らはことごとくあのタイミングで負けます。ですが、例えばヨーロッパのリベラル勢力は、その後も「一歩後退二歩前進」を運動の中で繰り返しながら、冷戦崩壊後の90年代、2000年代になって各国の政権を担うまでに至りました。アメリカでさえそういう側面がある。

 これまで「日本ではそういう動きは起こらなかった」というのが通説でしたが、実際は違っていて、日本でも、学生運動の嵐を経験した人々は、「一歩後退二歩前進」を繰り返しながら、今や政権に大きな影響を与えるようになった。それが日本会議なわけです。そういう意味では、日本でも世界標準の出来事が起こっている。ただし、日本だけはそうした人々がリベラル陣営ではなく、保守陣営だったということです。

 では、なぜ日本ではリベラル勢力が力を持ち得なかったのか。それは、あえて研究するまでもなく、ただただリベラル勢力が傲慢で怠慢だったからだろうと思います。日本会議はリベラル勢力から、運動の仕方から使う言葉からデモのやり方まで学んで真似た。そして彼らは「68年の反乱」から飽きることなく地道にそれをやり続けたわけです。その間、リベラル勢力は常に内ゲバと路線対立を繰り広げるのみだった。言ってみれば、日本会議が勝ったのではなく、リベラルが勝手に自壊したようなものでしょう。

地方にいる愛国おじさん・おばさんの日常

──「宗教右派」という点では、進化論を学校で教えるな、などの主張をして「反知性主義」と指摘される、アメリカのキリスト教プロテスタントの福音派とも似ていますね。

 似てます。言っていることも似ているんです。学校で宗教(道徳)を教えろとか、子供に悪影響を与える表現を規制すべきだといったり、人工中絶に反対だったり。でも日本会議をアメリカの福音派のように比較的統制の取れた団体と見ると実態を見誤ります。

 日本会議の場合、運動は上から下に落ちてくるのではなく、下から上に上がっていくんです。日本会議を一糸乱れぬ大きな組織と見るのは誤りで、地方の人々の自主性に運動は任されていて、ここぞというときに中央の人──僕は「一群の人々」と呼んでいますが──が出てきてうまいことまとめる。そのさじ加減が上手なんです。

──まさに、ウェブ連載のタイトルである「草の根保守の蠢動」というわけですね。

 先ほどもお話しした通り、日本会議の運動はボトムアップの色彩が強い。もちろん、僕が今回の本で指摘する「一群の人々」がさまざまな言論活動を通じて、ボトムアップの「種」のようなものを全国に蒔き、水をやり、育て…という側面は濃厚にあります。でもやっぱり、「地方発」「草の根」というのは、日本会議の特色です。地方にいる愛国おじさん・愛国おばさんがマニュファクチャーのような運動を始める。そうした多数のマニュファクチャーを統合して、一大重工業コングロマリットにしているテクノクラートがいる感じですね。

 今回の本は、結果としてそのテクノクラートたちのメンタリティと仕事のメカニズムが面白くて、そこに集中してしまい、日本会議の上部の概説になりましたが、本当はもっと草の根のことを書きたかった。地方にたくさんいる愛国おじさん、愛国おばさんの日常を本来は書きたかったんです。それは次回作以降の課題ですね。

 あと、これも今回の本にもあまり出しませんでしたが、地元のマニュファクチャーを担う愛国おじさん・愛国おばさんたちは、憲法9条改正を優先してたり、緊急事態条項を優先してたり、信じている宗教が違ったりと、極めて多種多様なんですけれども、先ほど言ったように「左翼が嫌い」という横糸が通っている。その横糸で大同団結できる。

 実は、もう一つの横糸もあって、それは「ミソジニー(女性蔑視)」なんです。憲法改正であったり、夫婦別姓反対であったり、男女共同参画事業反対であったりと、日本会議は様々な運動を繰り広げますが、それらすべては突き詰めると、ミソジニーが動かす社会運動であるという点も興味深いところです。

(聞き手/「ダイヤモンド・オンライン」編集長 深澤 献)

 

>>続編に続く
安倍政権を支える右翼組織「日本会議」の行動原理(下)~「日本会議の研究」著者・菅野完氏インタビュー

 

 

 


「日本会議の研究 (菅野完著)」の発売初日に、日本会議が出版停止の要求を・・・!!

2016-05-08 02:21:41 | 日本会議  神道政治連盟

「日本会議の研究」(菅野完 著)が発売された。

この発売初日に、日本会議事務総長・椛島有三氏が出版停止の申し入れを・・・

 ********************

菅野完菅野完@noiehoie 4月28日

紀伊国屋新宿本店の正面入り口。発売初日で、ここまで面陳にしたった。
椛島有三、かかってこいや!

 かえる日記  2016-05-06

〈右派〉日本会議vs産経新聞

 

 安倍政権の有力な支持母体と言える「日本会議」に関する本が出版された。

『日本会議の研究』という本だこの本には、こう書いてある

(引用)………………………………………………………………………………………………………………………

「右傾化」の淵源はどこなのか?  「日本会議」とは何なのか?   市民運動が嘲笑の対象にさえなった80年代以降の日本で、めげずに、愚直に、地道に、そして極めて民主的な、市民運動の王道を歩んできた「一群の人々」がいた。 彼らは地道な運動を通し、「日本会議」をフロント団体として政権に影響を与えるまでに至った。そして今、彼らの運動が結実し、日本の民主主義は殺されんとしている。〜安倍政権を支える「日本会議」の真の姿とは?  中核にはどのような思想があるのか?  膨大な資料と関係者への取材により明らかになる「日本の保守圧力団体」の真の姿。 

 ………………………………………………………………………………………………………………………

 煽り文句・嫌味・当てつけとしてはなかなかのものだ。安倍政権に関心がある人ならば、この本を読んでみようという気になるだろう。

 そしてこの煽り文句を読むと、まるで所謂「左派」系の出版社が出したのかと勘違いするだろう。

しかし、この本は《扶桑社》、産経新聞のグループの会社で出している。

 この本の出版に対して、「日本会議」が出版差止め請求をすると息巻いている。

(引用)

……………………………………………………………………………………………………………

平成28年4月28日 日本会議  事務総長 椛島有三

扶桑社新書「日本会議の研究」についての申し入れ 

 日本会議では、扶桑社・育鵬社が発行する中学校教科書、季刊「皇室」など貴社の各種刊行物の普及拡販に協力してきたが、「日本会議の研究」なる書物が扶桑社から刊行されることを聞き及び、驚きと失望を禁じることができない。 「日本会議の研究」は、一部の学生運動国民運動体験者等の裏付けの取れない証言や、断片的な事象を繋ぎ合わせ、日本会議の活動を貶める目的をもって編集された極めて悪質な宣伝本であり、掲載されている団体・個人の名誉を著しく傷つけるものである。  ことに、日本会議が、宗教的背景を持つ特定の人物によって壟断されていると結論付けていることは、全く事実に反し、日本会議の会員はもとより多くの読者にも誤解と偏見を抱かせる内容である。もとより、言論の自由、出版の自由は憲法で保障されているが、事実無根の内容に基づく出版が社会に許容されるはずもなく、本会はここに強く抗議し、扶桑社に対し直ちに出版の停止を求める。 

………………………………………………………………………………………………………………

   《扶桑社=フジ・産経新聞vs日本会議》の対立になっている。

  この間の経緯に付いては、つぎのようにレポートされている。

政権に近い保守団体が出版停止を要求 話題の本「日本会議の研究」 (BuzzFeed Japan) - Yahoo!ニュース

………………………………………………………………………………………………………………………

  (以下、引用。「 BuzzFeed Japan 5月4日(水)19時13分配信)

政権に近い保守団体が出版停止を要求 話題の本「日本会議の研究」

4月28日、出版社「扶桑社」にFAXで申入書が届いた。差出人は「日本会議事務総長 椛島有三」。扶桑社から出たばかりの菅野完さん著『日本会議の研究』の出版停止を求めるものだった。【BuzzFeed News / 石戸諭】

本は、菅野さんによるウェブ上の連載をまとめたもの。日本会議のルーツや歴史、彼らが展開してきた保守系市民運動について取材、検証している。連載時にはなかった抗議が、なぜか出版直後に送られた。日本会議による申入書の趣旨はこうだ。この本では、日本会議について裏付けの取れない証言を並べ、活動を貶める目的で編集されており、団体・個人の名誉を傷つける。「日本会議が、宗教的背景を持つ特定の人物」に束ねられているという結論部分に対し、特に強く反応しており「全く事実に反している」と主張。直ちに出版停止するよう求めている。

1冊の研究本に対し、即座に出版停止を求めた「日本会議」は民間の保守派団体だ。彼らのホームページによると、「全国に草の根ネットワークをもつ国民運動団体」であり、「日本会議は、美しい日本を守り伝えるため、『誇りある国づくりを』を合言葉に、提言し行動します」とある。すみやかな憲法改正日本会議の女性組織による夫婦別姓反対の集い…。活動方針や彼らが進める国民運動は、ホームページに公開されている。

日本会議が注目を集めるのは、政権と近い関係にある点だ。朝日新聞によると「超党派による『日本会議国会議員懇談会』」のメンバーに、2015年9月時点で、安倍晋三首相を筆頭に、閣僚、自民党役員らが名を連ねている。

日本会議「出版停止を求めたのは事実。抗議は、申入書だけにとどまらない。申入書とは別に『日本会議の研究』に登場する人物から、代理人を通じて出版差し止めを求める法的文書が扶桑社に送られているという。BuzzFeed Newsの取材に対し、複数の関係者が認めた。

なぜ、日本会議はここまで抗議をするのか。」(引用終わり)。 

………………………………………………………………………………………………………………………

そして取材者が両者に尋ねたが、両者はノーコメント、だという。

  この本の内容自体は、よく取材して纏まっているが、私にはさほど驚きはない。 扶桑社が出版したというので、一部では驚きが走っている。ネット上でも、この本に関して既に多くの記事が書かれている。したがって私があえて、書く必要もないかとも思う。右派陣営の仲間割れ・分裂、「改憲運動」の分裂という観点から、この「話題」について書いておく。(日本右派、安倍政権に注目している一人として、この動向を無視すべきでないと考えて、取り上げる。)

 

  まず、 どこまで《扶桑社=フジ・産経新聞vs日本会議》の対立・が広がっているのか、というのが私の感想だ。

  扶桑社は言わずと知れた産経新聞・フジテレビの関連会社だ。フジ・産経グループといえば、右派の中核的勢力であり、産経新聞は常に右派的言辞を煽りまくり、自衛隊を礼賛する新聞だ。国家主義を露骨に歌い上げている新聞だ。また最近ではザクザクというサイトを作り日本の政治・社会に影響力を行使している。

  この新聞社ないし右派陣営の中では、既に、去年の冬から内部対立が拡大していたように思われる。田母神俊雄氏の事件だ。《田母神俊雄vs.チャンネル桜》。公職選挙法違反で田母神俊雄被疑者が立件された。ただし、チャンネル桜側が問題にしていた業務上横領罪については、起訴されていない。検察としては、おそらく業務上横領罪については、内部問題であり起訴して右派陣営の中を暴露したくなかったのではないか、と私は推測する。

 

<iframe class="embed-card embed-blogcard" style="max-width: 500px; height: 190px; width: 500px; margin: 10px 0px; display: block;" title="「田母神俊雄元空幕長に冷たい産経新聞、なぜ⁉️」〜右派の方の疑問にお答えします。 - かえる日記" src="http://pikoameds.hatenablog.com/embed/2016/03/08/220944" frameborder="0" scrolling="no"></iframe>pikoameds.hatenablog.com

  結論としては、《産経新聞 vs. 生長の家日本会議の実働部隊》。これからどう展開するか? 政権の支持母体に関連するものであり、憲法「改正」の動向として重要だろう。

  また、産経新聞憲法「改正」の動きから実質的に離脱し別の道を行こうとしているのか?

   さらに、米国世論、特にトランプ旋風が実現しようとするものとの関連、日本の独自化、自主武装・核兵器保持の路線(橋下徹氏)との関連で見過ごせない動きが出るおそれがある。国民(人民)は大同団結を。

 
 
 
 

安倍政権の背後にある「日本会議」の知られざる実態と自民党(3)=高島康司

2016-03-16 09:23:09 | 日本会議  神道政治連盟

http://www.mag2.com/p/money/8039/2より転載

マネーボイス

安倍政権の背後にある「日本会議」の知られざる実態と自民党(3)=高島康司


安倍政権の背後にある「日本会議」の知られざる実態と自民党(2)=高島康司

2016-03-16 09:22:42 | 日本会議  神道政治連盟

http://www.mag2.com/p/money/8039/2より転載

マネーボイス

安倍政権の背後にある「日本会議」の知られざる実態と自民党(2)=高島康司

戦後すぐに運動を開始した「神社本庁」

ちなみに戦前には軍部と協力し、軍部の国粋主義的な政策の支援をしていた多くの草の根右翼の組織は存在していた。しかし、こうした組織の中心的な教義は「天皇崇拝」であったため、昭和天皇の「人間宣言」を機に信仰の根拠をなくし、解体した。

しかし1946年、天皇の「人間宣言」と前後して、戦後日本の出発点となった取り決めを拒絶し、自主憲法制定による「天皇制国家」の復興を目標とする組織が立ち上がった。それがいま「日本会議」の中核となっている宗教法人「神社本庁」である。いま日本では「神社本庁」も「天皇制国家」の復活を目指す「カルト」として解説されているので、「神社本庁」が敗戦直後の1946年から活動していることを知って驚くかもしれない。

しかし、1940年代と50年代は日本では左翼運動が席巻しており、こうした右翼の運動は極めて低調であった。見向きもされないアングラの政治組織としてとどまった。

岸政権と右翼集団の暴力団化

そのような地下に潜ったアングラ運動としての右翼に大きな転換になったのが、1960年の「安保反対闘争」である。この運動をきっかけに、右翼は政治との明確なかかわりを持つようになる。

いまの集団的自衛権の強行採決と同じように、1960年、安倍晋三の祖父にあたる岸信介政権は、改定された「日米安保条約」を強行採決しようとしていた。これに抗議した数十万を越えるデモ隊が国会を包囲し、警察部隊と一触即発の状況になっていた。

岸政権は、こうした抗議運動を弾圧するために右翼と暴力団を国会内に入れ、暴力を用いて抗議運動の沈静にあたった。これは逆に大きな抗議を引き起こし、岸政権の退陣を早めたものの、これを機会に右翼と暴力団と自民党との間に強い政治的なパイプができ、自民党がこうした勢力の暴力を権力維持のために利用するようになった。

また右翼のほうも、運動資金確保のために八百屋から政治家まで脅しで「会費」を巻き上げる暴力団と変わらぬ活動をするようになった。これは同じ時期、みかじめ料を徴収するために政治運動であることを口実にしていた暴力団も右翼化していたので、右翼と暴力団が実質的に区別がつかない状況となった。

街宣車で国粋主義とヘイトスピーチを、言論の自由と称して最大ボリュームで垂れ流すいまの街宣車のスタイルは、この時期に出現した。


60年安保の結果と新右翼の出現

周知のように「60年安保闘争」では「日米安保条約」の締結は実現したので、国民の抗議運動は敗北したかのように見える。

しかしながら、実際はかなり違っていた。これまで自民党は「憲法改正」を基本方針としていたが、「60年安保闘争」の激しい抵抗と岸政権の退陣で、「憲法改正」を基本方針から削除し、封印した。さらに、自民党最右翼の代表であった岸信介を政治から実質的に永久追放した。そして次の池田隼人政権は、政治的な対立を避けるため、経済を自民党の基本方針の中心にし、「高度経済成長政策」を立ち上げた。

こうした変化のなかで、右翼の「自主憲法制定による天皇制国家の復興」というスローガンは次第に有名無実化し、ほとんど実体のないものになっていった。そして右翼はさらにぐれん隊のように暴力団化して行った。

このような右翼の堕落した状況を打破し、同じ時期に大学を席巻していた「新左翼」の運動に対抗する目的で新しいタイプの右翼組織が出現した。さまざまな組織があるが、これらは一括して「新右翼」と呼ばれている。

「新右翼」が「旧右翼」と大きく異なる点は、「旧右翼」が戦前からの右翼や特攻の生き残り、また戦前の軍部者の作る組織であったのに対し、「新右翼」の多くが宗教団体を背景にした集団だという事実だ。

建国記念日の制定と「神社本庁」

「新右翼」が出現する前に、宗教法人を主体とした政治運動で大きな成功を収めたものがある。それは、1966年の「建国記念日」の法制化である。

周知のように戦前は、元号とともに日本国の公式の年号として「紀元」が使用されていた。「日本書記」の創造神話で日本国を建国したとされる神武天皇から年号を数える方法である。「紀元」は天皇が神武天皇の血統を引き継ぐ「万世一系」の存在であることを強く印象づけるために、戦前の「天皇制国家」によって利用された年号であった。もちろん、神武天皇は神話上のフィクションの存在であり、実在していた証拠は発見されていない。

戦前は、神武天皇が2675年前に即位したとされる2月11日が「紀元節」として国家の祝日となっており、これを記念する国家神道の行事が多く開催されていた。ちょうど紀元2600年にあたる1940年には、ナショナリズムを鼓舞する特に大きな国家的な儀式が開催された。

このような経緯もあって「紀元節」は戦後は廃止されていたが、1960年前後から宗教法人の「神社本庁」を中心に「紀元節」の復活を求める運動が展開された。全国の神社を統括する「神社本庁」の全国組織を使い、「紀元節」復活の一大キャンペーンが実施された。暴力団化した右翼集団とは一線を画した運動となり、1965年には全国598箇所で復活を求める行事が行われた。この全国的なキャンペーンに押される形で政府は「紀元節」を「建国記念日」と名称を変えて法制化し、国民の祝日とした。

これは、宗教法人の右翼組織のよる運動の成功例となった。

「生長の家」と谷口雅春

このような「紀元節」法制化の成功を追い風として出てきたのが「新右翼」である。そうした「新右翼」の集団の母体となった宗教こそ、谷口雅春の主催する「生長の家」であった。

谷口雅春は、太平洋戦争に敗れたのは、迷いと島国根性に凝り固まった「偽の日本」であって、本当の「神洲日本国」は敗れたのではないと主張し、1945年の敗戦という歴史的事実そのものを否定した。

そして、日本国憲法は、GHQが日本を弱体化するために日本に押し付けた無効の憲法であるので、日本国憲法を即時に破棄して明治憲法に基づく「天皇制国家」を復元しなければならないと主張し、「明治憲法復元運動」を起こした。

これを実行するための組織として結成されたのが「日本会議」の前身である「日本を守る会」である。

「新右翼」の中心「日本青年協議会」

このような谷口雅春の右翼思想に結集した学生の集団が、1970年に結成したのが「日本青年協議会」である。もともと「日本青年協議会」は、左翼の全学連によって占拠された長崎大学のキャンパスを奪還するために結成された、「新左翼」の対抗組織であった。

しかしながら、学生運動が退潮した1970年代に入っても、「日本青年協議会」は右翼の政治運動の中心的な主体として活動を展開した。もちろん、これは暴力団化した「旧右翼」とはまったく別物の政治組織である。

元号法制化運動と椛島有三

「日本青年協議会」が一躍注目されることになったのは、「元号法制化運動」であった。いまでは当たり前のように「元号」が使われるが、戦後30年以上にわたって「元号」の使用は法制化されておらず、「西暦」と「元号」のどちらを使うかは使用者の任意に任せれていた。「元号」を日本国の正式な年号の記録の方法として法制化しようとしたのが「元号法制化運動」であった。この運動は「日本青年協議会」が結成される2年前の1968年に「神社本庁」などが中心となって開始されていた。

しかし、「日本青年協議会」がこの運動の中心的な主体として参加するにつれ、運動は大変な勢力になって行く。「日本青年協議会」を率いた人物は、長崎大学出身の椛島有三であった。椛島有三は左翼の大衆動員の方法からヒントを得て、地方自治体と地方議会に働きかけ、地方から「元号法制化」の決議をしてもらい、政府に圧力をかけるという手法を展開した。

また「日本青年協議会」は、地方の力を結集するために西日本などにキャラバン隊を組んだ。講演会を開き映画を上映して元号法制化を啓蒙すると同時に、地方議会に決議を促すように要請した。

この結果、1968年の運動開始から元号が法制化された1979年まで、47都道府県議会の46の議会と、日本全国の市町村議会の半数以上の約1600の自治体が、国会に元号法の制定を促す決議案を採択した。

そしてついに1979年、元号は国会で正式に法制化した。

 『未来を見る! 『ヤスの備忘録』連動メルマガ』(2015年7月24日号)より一部抜粋
※太字はMONEY VOICE編集部による

 
安倍政権の背後にある「日本会議」の知られざる実態と自民党(1)=高島康司

安倍政権の背後にある「日本会議」の知られざる実態と自民党(3)=高島康司

 

 

 

 


安倍政権の背後にある「日本会議」の知られざる実態と自民党(1)=高島康司

2016-03-16 09:22:19 | 日本会議  神道政治連盟

http://www.mag2.com/p/money/8039より転載

マネーボイス

安倍政権の背後にある「日本会議」の知られざる実態と自民党(1)=高島康司

 

今回のテーマは「日本会議」と、この組織が象徴する現代右翼の運動についてである。「日本会議」はイギリスやフランスなどの海外のメディアでも紹介され、国粋主義の極右組織ではないかと批判されている。

「日本会議」は、1997年に「日本を守る会」と「日本を守る国民会議」とが統合して結成された組織で、その目的は、憲法改正によって戦前のような「天皇制国家」を再興することである。

「日本会議」には神社本庁、解脱会、国柱会、霊友会、崇教真光、モラロジー研究所、倫理研究所、キリストの幕屋、仏所護念会、念法真教、新生佛教教団、オイスカ・インターナショナル、三五教等、宗教団体や宗教系の財団法人が多く参加していることから、「日本会議」は「カルト」として紹介されることが多い。

安倍政権の閣僚の多くが「日本会議」に参加しているので、「安倍政権」はカルトに乗っ取られたとする見方も強い。だが、それだけでは見えない現実がある。(未来を見る! 『ヤスの備忘録』連動メルマガ・高島康司)

小泉改革で、自民党全体が「日本会議」に吸収されてしまった――

「日本会議」カルト集団説では見えない現実

日本会議」を「カルト」とする見方は、明らかに違憲の集団的自衛権の可決を焦り、報道管制を強化して国民を管理するいまの安倍政権に強い違和感を覚えている多くの国民から支持されている。この違和感は筆者も共有しているので、十分によく分かる。

「カルト」と聞くと「オウム真理教」をイメージすると思う。だとするなら、「日本会議」を叩くためには、「オウム真理教」と同じような方法で壊滅に追い込めばよいということになる。

だが、「日本会議」は「カルト」であり、それに安倍政権が乗っ取られたとする見方では見えてこない現実が存在する。そしてこの現実をいまのうちにしっかりと認識しておかないと、我々ははるかに危険な現実に将来向き合わざるを得ない状況になる可能性がでてくる。

「日本会議」はプラットフォーム

一般の認識とは大きく異なり、「日本会議」とは最近出て来た極右組織ではない。「日本会議」が結成されたのは1997年だが、この組織は日本のあらゆる右翼団体が結集する巨大なプラットフォームのようなものである。それは単一の組織として見るよりも、独自に活動しているさまざまな右翼組織の象徴であり、ハブであると見た方がよい組織だ。

「日本会議」そのものは1997年に結成されたが、これに参加している右翼組織ははるかに長い歴史を持つ。戦後70年の日本の裏面史を代表するような存在なのだ。

まったく知られていない戦後右翼の歴史

ところで、ほとんど知られてないことだが、戦後日本の右翼の歴史は古い。

周知のように、1945年8月15日、日本はポツダム宣言の受諾をもって連合国に無条件降伏した。日本を占領したGHQは日本の統治を円滑に行うために天皇制を温存してこれを利用することを考え、以下の3つに基づく日本の国際社会復帰のシナリオの受け入れを迫った。

  1. 戦前の日本の戦争はアジアに対する侵略戦争である
  2. これを主導したのは軍部とこれに連なる一部の政治家である
  3. 天皇も日本国民も軍部が引き起こした戦争の被害者である

この3つのシナリオで、天皇と日本国民は戦争責任から赦免された。そして極東軍事裁判で具体的な判決として踏み固められ、サンフランシスコ講和条約の基本的な認識となった。これに日本は調印することで国際社会に主権国家として復帰した。

GHQの要請で作成された現行の日本国憲法は、「象徴天皇制」の規定と戦争と軍隊を永久に放棄した9条を含むことによって、日本が二度と戦争を起こさない国際的な保証として機能した。

これが戦後の日本の出発点となった取り決めであった。この取り決めのパッケージは当初は驚きをもって受け取られたものの、時間が立つにつれ多くの日本国民によっても自然に受け入れられ、現在に至っている。

一方、この戦後の取り決めを拒絶し、自主憲法の制定による「天皇制国家」復興を目指す運動が戦後すぐに始まった。これが戦後日本の右翼運動である。憲法9条を守ることを骨子とした左翼系やリベラル系の運動の歴史はよく記録され、研究されているものの、右翼の運動史に関してはほとんど研究も報道されていないのが現状だ。という意味では、右翼の歴史は70年の戦後史の裏面史であると言うことができる。

未来を見る! 『ヤスの備忘録』連動メルマガ』(2015年7月24日号)より一部抜粋
※太字はMONEY VOICE編集部による

 

 安倍政権の背後にある「日本会議」の知られざる実態と自民党(2)=高島康司

安倍政権の背後にある「日本会議」の知られざる実態と自民党(3)=高島康司